私的備忘録でもあります
初めて乗ったのは1975年4月,卒論の調査で別子を訪れた時.
以来,毎年のように利用していた宇高連絡船.

1988年4月に廃止.その後,宇高航路に四国フェリーが就航していたけれど,それも12月16日をもって運行休止になってしまう.そこで,久しぶりの衝動旅.宇高航路へ.

意外に,宇高連絡船の遺構は残っていない.
宇野港には,宇高連絡船第二岸壁の一部と昭和八年宇野港大改修工事の際に沈典された基石(その後,昭和五十年の浚渫作業中に偶然引き揚げられた).
高松港には,讃岐丸の錨.それに当時のレール.
乗船中に,連絡船うどんを食べた.

ところで,1988年の廃止直前に乗った時、特別番組の前撮りに遭遇した.乗客は皆テープを渡され,別れのシーンを演出.
その時の写真はこちら

夜は,ホテルで紹介してもらった,瀬戸内家 良ちゃん で一杯.
蛸の煮付けと伊吹島産じゃこ.地酒の国重.
美味なり.(16200)
奈良・飛鳥の旅の最終日.

まず,近鉄飛鳥駅からバスでキトラ古墳へ.
そして帰り道は晩秋?初冬?の青空の下の散歩を楽しみながら,檜隈寺跡/於美阿志神社経由で高松塚古墳・高松塚壁画館へ,その後,欽明天皇陵に隣接する吉備姫王墓内にある猿石を訪れました.
檜隈寺は,渡来人東漢氏縁の寺.石塔婆は平安時代に造られたものですが,なんとなく朝鮮系仏塔の雰囲気が.

飛鳥駅から橿原神宮前駅に戻り,橿原神宮を参拝.
名古屋への帰路につきました.

奈良市内を訪れることは出来ませんでしたが,飛鳥の地,室生寺と長谷寺,そして奈良の美味しい食を堪能した3日間でした.(20800)
今日は,

女人高野 室生寺
花の御寺 長谷寺
大野寺弥勒磨崖仏

時々小雨降る空模様,しっとりとした境内の散策を楽しみました.

万歩計は19900と意外と少ない.なれど,石段の登り降りが多く,ふくらはぎが少し痛い.

当初予定していた午後からの「ぶら奈良市内」は,また今度.(19900)

今日は,青空の下,明日香をサイクリング
橿原神宮前駅—雷丘–飛鳥資料館–甘樫丘–飛鳥水落遺跡–石神遺跡–明日香村埋蔵文化財展示室ー飛鳥寺–蘇我入鹿首塚–亀形石造物–酒船石–飛鳥板蓋宮跡–石舞台古墳–橘寺–川原寺跡–亀石–天武・持統天皇陵–鬼の雪隠・俎–橿原神宮前駅の22.5 km.
高松塚古墳とキトラ古墳は日没が近くなって,訪れることができなかった.今回の旅行中に訪れたい.
甘樫丘から見た大和三山綺麗でした.
前回明日香を訪れたのは,1972/11/24-26.47年ぶり.
のんびりとした晩秋の田園風景は変わっていない気がしますが,多くの遺跡の周りはすっかり整備されて様変わりでした.(13600)
今日の散歩は,大垣宿から中山道追分(垂井)の13.9 km.

宮宿・東海道追分→名古屋宿→(庄内川,新川,五条川)→清州宿→稲葉宿→萩原宿→起宿→(木曽川)→(境川,長良川)→墨俣宿→(揖斐川)→大垣宿→中山道追分の美濃路(両街道を結ぶ脇往還)を,これで完歩.

仮想「東海道」,「中山道」そして「おくのほそ道」と称して歩いてきましたが,実際に街道を歩き通したのは「美濃路」が初めて.
中山道追分に到着したときの達成感,やはり今までとは違いました.

さて,次は何処を歩きましょうか.(26200)
大学時代の友人のお墓参りのため,9名が函館の地に集まりました.

還暦を過ぎた頃にはと話していたのですが,それから5年後にやっと約束が果たせました.
お墓参りをしてから五稜郭,そして函館山からの夜景.(13800)





新山口駅1番線に停車中の山口線下り普通車中より.

山陽本線上り岩国行き普通(たぶん)が6番線に停車しているので8番線の駅名標が見通せないのが残念

松本清張「点と線」東京駅13番線の4分間を思い出した.

新山口駅,かつての小郡駅には,SL時代の名残(といってもまだ現役)の転車台がある.

昨年の冬,格安のチケット「おとなびパス」を使って,中国地方一周の旅をしたとき,横を通過して思い出したものの時すでに遅し.

今回,湯田温泉への行き帰りに,途中下車をして訪れた.
放射状に停車している列車が美しい.









帰り道,山口・湯田温泉駅で列車を待っている間,足湯に浸かっていた.
その時の高齢の女性との会話.
言葉使いはともかく,内容は以下のよう.

女性:何処迄行くの.

私:名古屋まで帰ります.

いろいろ会話が続いて

私:7泊8日の旅行です.

女性:湯田温泉にそんなに.
私:いえ,ここの前は博多でした.
女性:ああ,転々とされているのね.

私は寅さんのようだと思われたのか.

完全には間違いと言えない.ちょっと嬉しくなった
そんな旅もしてみたい.(14900)

旅に出て6日目.
座学と酒と移動の繰り返しで,体がなまってきた.そこで午前中は湯田温泉からとなり駅の山口まで散歩.両駅間は2.4kmなれど,実歩行距離は12.3 kmだった.

再建されたザビエル記念堂.ステンドグラスとパイプオルガンの音.美しかった.
青空を背景にした瑠璃光寺の国宝五重塔,見飽きることはなかった.

山頭火や西田幾多郎が一時期住んでいたことは知らなかった.

西の京山口の初秋を楽しんだ.(22000)

今日から,仮想「西国巡礼」に出かけました.
今日まで台風の影響が残るとは思わなかった.

山口線ダイヤが乱れていたが,懇親会にはなんとか間に合った.

獺祭はいろんな種類を飲んだが,東洋美人を飲み遅れたのは残念.
フグも楽しんだ.


その後、湯田温泉街でTさん達ともう一杯.
湯田温泉が中原中也の故郷だとは知らなかった。(11200)



雲の流れが早い。
嵐の前の静けさ。

学会プログラムを2時間前倒しをして、エントリされていた講演はすべて行うことができた。ホッ。九州大学LOCと行事委員長に感謝。


近くのスーパーで食料及び飲料用液体を購入し、ホテル@糸島での籠城準備完了。

16時前から鮮魚関係は割引。お客さんが少ないからとのこと。
籠にいれたものにまで、わざわざ割引シールを貼ってもらえた。ありがたかった。

ただ、無料持ち帰り醤油が欠品。昨日から入荷していないとのこと。なぜだろう。とにかく小瓶を購入。
7泊8日の旅も半ば、まずは、これからコインランドリーで洗濯。(4600)
8月9日のこと

 汗見川林道が冬ノ瀬で通行止め(崖崩れ).
そのため,汗見川上流から伊予三島→川之江経由でJR大杉駅まで.

高知自動車道 笹ヶ峰トンネルを越えて高知県大豊町に入ってすぐの所に,こんな案内.
ドライバーMさんの協力によって写すことに成功.
ちなみに上り川之江方面 大豊ICを過ぎてすぐに日本海まで250 kmの案内があるけれど,写すチャンスを逃した.
汗見川の林道が崖崩れのため,いったん伊予三島まで出て,猿田川ルートから白髪隧道を越えで,汗見川流域の高変成度部へ.

ざくろ石が加水分解している露頭を見学の後,再び高知自動車道を南下,JR大杉駅まで送ってもらう.
南風24号で岡山に向かう.瀬戸大橋を渡る前に見た瀬戸内の夕日が美しかった.

その後,児島駅構内での乗客転落事故のため大幅に到着が遅れ,予定していた新幹線に乗ることができなかった.後続ののぞみは全て指定は満席.そこで,さくらとこだまを乗り継ぐことにして,多少時間は余分にかかったが,座席を確保することができた.日付が変わる少し前に帰宅.(6700)
祖谷渓から汗見川へ

祖谷渓では,高所恐怖症の私が,かずら橋を渡るという難関ミッションを完遂.

杉の大杉を見て汗見川へ.
白髪山に登ろうとするが,冬ノ瀬近くで道路が崩れているのと,別の道路工事のため車で通行できず断念.

代わりに,徒歩で桑ノ川沿いのエクロジャイト露頭を目指す.目指す露頭にたどり着けたものの,こちらも崖崩れで地形が改変されており,目的を達成できず.

帰り道にArdenniteの露頭を久しぶりに訪れる.

夕方,東北大ほかのグループと合流.総勢い21名の夕食.久しぶりにMTさんとも会った.
宿は,廃校を利用した清流館.木造の建物で昔の小学校を思い出した.(14300)
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