私的備忘録でもあります
ちょっと油断するとこんなもの.
査読から戻ってきた原稿2編の改訂をしながら,4日間家にこもっていたら,一端収まっていたしもやけが再発.足がうっ血したためか.

今日はほぼ快晴.改訂を続ける予定だったけれど,急遽散歩に出ることにした.

今日のスタートは,初日のスタート地点「中根原暗渠」の北側入り口から.取水口に向けて41–45 km 付近を遡上(水に浸かった訳ではないけれど),矢田川サイホンまで.
今日は,香流川と矢田川を越えた.
2枚目の写真は,今日のとりあえずのゴール 矢田川サイホン.
向こう側は,瀬戸市と尾張旭市の町並み.高低差がおわかりいただけますか. 矢田川河床はさらに低く,その下をもぐって愛知用水は通過しているらしい.

前回の岩崎川や天白川とは比べものにならないほどの,すごい高低差をサイホンで通過していることを知った.(16400).
最近,一年ほど前の気分に戻りつつある.
昨日の今日だけれど,天気が良いのでふらりと散歩に出かけたくなってきた.
午前中,原稿の最後の確認.あとは投稿するのみ.
その前に少し頭を冷やすため,愛知用水巡りへ.

今日のスタートは,昨日のゴール地点と比べると,明らかに高い地点にある.地形図から読むと標高差3〜4 m.用水が現れるところに「岩崎川サイホン」とあって納得.どうやら,すぐ北を流れる岩崎川の下を潜ってきたらしい.

同様に一端もぐって天白川の下を通過する箇所もある(天白川サイホン).私は,てっきり高低差だけで知多半島の先端まで流れていると思っていたが,いくらなんでもそれは無理らしい.やはり,現地を訪れて明らかになることも多い(地図は,1890年代の地形図に今日歩いた愛知用水ルートをおとしたもの.今日のゴールの愛知池の部分は,まだ里山と水田).

その他に,東名高速道路や名鉄豊田新線の下を横切っているところも.これらとのコラボ写真などは,こちらにあります.よかったら見て下さい.
そして,細口池暗渠から愛知池(東郷調整池)へ.取水口からの全長のほぼ半分の所.

今日はここまで(18000歩).

仮想「西国三十三観音」巡礼は,竹生島宝厳寺に参拝.
家族から止められていることもあり,知多四国巡礼は,当分開始できそうにない.強引に出かけた後の,ご近所の長女を含めた3名の口撃が怖い.

その代わりに愛知用水沿いの散歩.

本来だったら,木曽川からの取水口兼山ダムからスタートするのでしょうが,如何せん,これまた遠い.

そこで,まずは徒歩圏内を歩くことに.
前回は取水口から46 kmあたりの中根原暗渠出口から歩いたので,今回はその続き,岩藤トンネルから用水が顔を出したところから.

次回は愛知池まで歩けるといいな(17900).

ところで,運動しない影響というか,散歩の効用を実感している最近.
昨年末より,五十数年ぶりに足のしもやけに悩まされていたが,散歩を再開してから2週間.すっかり良くなった.
散歩はえらい.

私の田舎の方言では「えらい」が,「疲れる」とか「しんどい」の意味にも使われます.どちらの意味でも文章的には成立してしまいますが,この場合は「素晴らしい,たいしたものだ」の意味です.ハイ.
前から気になっていたラーメン店を訪れるなどいくつかの案件を済まそうと,今日は南へ.最近,どうも散歩の動機が不純気味.

しかし,目指すラーメン店は閉店.ならば,昔息子と行ったところへと思い,R153まで南下したが定休日.途中で玉子とじラーメンの店を新に見つけたが,ここも定休日.今日はことごとくラーメンに縁がない.近いうちに玉子とじラーメンの店を訪ねてみよう.

半分やむを得ず,サイゼリア・デビュー.
小林亜星さんのCMが流れていたサイデリアと,かなり長い間 混同していたくらいだから,どんなお店かよく知らなかった.一人で入るのには勇気が必要だった.
結果,量,値段ともに,散歩の途中にフラリと立ち寄るにも良いお店だと思った.

初めての試み,今昔マップというサイトを利用して,1890年代(ちょうど私の祖父が生まれた頃)の地形図に今日の軌跡を落としてみた.今日は,当時の里山を歩き回っていたことになる(12400歩).
久しぶりの晴天.

散歩の時,その前を通るたびに,私が一人で入るにはちょっと合わないかと思っていたお店.
そこが,ラーメンを中心としたメニュー(ラーメン&カフェバー)だと知って,散歩がてら訪れてみた. 米国西海岸をイメージしたつくりとのこと.

ラーメン・ランチにしてはの値段だけれど,近くの大学の学生さんたちか,結構若い人が入っている.

とんこつ,味噌,醤油,塩およびそれぞれのアレンジ各種と,メニューは豊富.
シンプルで,お店の味が最もわかりそうな塩を注文. このお店を選んだことそして塩味を注文したこと,いずれも正解でした.

塩は自己主張せず,だし汁に軽く塩味をつけてつくった澄んだスープといった感じ.ネギとニンニクが合わさったものだろうか,その透明な香味油と一緒になっていい味を出している.
別の味も楽しみたくなった.

帰りは,少し大回りをして,猪高緑地をいつもと逆コースで帰宅.
井堀の棚田の河津桜は,未だ蕾固し.
いつもと,光の射し方と影のでき方が逆で,新鮮な風景でした(14200).
快晴の午後,蝋梅を見に出かけた.

途中で,冬の山並みが遠望できるだろうことに気づき,ルートを少し変更.

ハートな坂(ある方の命名)への途中に,雪化粧をした,伊吹山,奥美濃の山々(多分能郷白山),加賀白山(大日ヶ岳かも)や御嶽山を見ることができました.今日のように各方面に展望がきく日はそんなになく,訪れて良かった.

そして,ハートな坂にあるムーミンの家にも立ち寄ってみた.このお家,留守になってから久しいですが,ムーミンの家族たちやニョロニョロは,今もそこにいました.

蝋梅も綺麗に咲いていました(14200).
紅梅が咲いたので,昔散歩の途中に出合った蝋梅を見に散歩に出かけた.

昨日とはうって変わって寒い一日.

チェリオの自販機を見つけて,昨年冬に販売されていた白湯のペットボトルがないか見たが,代わりにほうじ茶など.
「猫よりあったかい!」のコメントにひかれて,湯湯婆代わりに購入.ちなみに,昨年見た白湯のコメントは「ただのお湯です.無料じゃないよ!」でした.

結局,蝋梅には出合えず,白いものが落ちてきそうな雲行きになってきたので,そのまま帰宅.ほうじ茶のペットボトルは、冷え切っていました.

調べてみると,蝋梅を見かけたのは9年前,やはり道を一本間違えていました.記憶は容易に改変される.
また散歩に出かける目的ができたからよしとしましょう(10800歩).
久しぶりに,長久手–日進境界を横切るコースで散歩.

リニモ長久手古戦場駅から東へ.芸大通駅近くから南下.

このあたり,木曽川兼山ダムの取水口から46–47 kmの地点で,愛知用水が部分的に顔を出している.そして,名前は判らないが小川に沿って流れている.高低差を利用して知多半島先端まで幹線水路だけで112 km流れているのだからさもありなん.

この小川やがて北新田川に合流.

久しぶりに北新田川の水源も訪れ,下って岩崎川に合流.予定した散歩コースはここまでだけれど,ここから自宅まで途中日進御嶽山の山越え道を,さらに歩かないといけない.帰宅した頃には,とっぷりと日が暮れて,三日の月が西の空に(18800歩).
年に2回の血液検査.昨年の4月以降,2回連続して中性脂肪値が悪化.

主治医から,「体重増えていません?」 「いや最近2kg程減ったんですけれど」と言うと,「筋肉が密度の小さい脂肪分に変わったのかもしれませんね」と言われて,とりあえず納得.

ただ,調べてみると,脂肪組織の密度=0.90g/cm^3,除脂肪組織の密度=1.10g/cm^3.脂肪への変化だけでは,体重減少を説明できそうにないが,運動不足であることは確か.

とにかく昨年の4月以降,ちょっと遠出の日帰り散歩に出かけることが激減している.特に知多西国三十三観音巡礼を結願した昨年11月以降は,部屋にこもって書き物や頼まれ仕事をしている日が激増.たぶん,そのせいなのだろう.

これはまずいと思っていたら,机を用意してもらっている研究室の秘書さんから,「理学部の紅梅白梅のうち紅梅が咲き始めましたよ」とのメール.これは,「近くで良いから散歩を再開しなさい」という,神様仏様の思し召しだと思い.猪高緑地の梅を見に出かけた.紅梅はチラホラ,白梅はもう少し後か.

本日,街中を歩いた分を含め13100歩.これを続けなければ.
今年の散歩はじめは,猪高緑地.
いつもとは,ちょっとコースを変えて,塚ノ杁池を半周.

この「杁」は,方言漢字らしく,愛知県内でも尾張の一部でのみポピュラーで,他に杁ヶ池,杁中や二ツ杁などの地名があります.(10600)
家族からは遠出の散歩を止められ,県外はおろか日進市および名古屋市以外へ最後に出かけてからちょうど一ヶ月.気軽に出かけられるのは自宅周辺.

約2週間ぶりに猪高緑地へ.
落ち葉いっぱいの山道を歩くのは気分がよいものです.久しぶりの散歩なれど,歩みは快調.

定点撮影ポイント,井堀の棚田につくと,なんと説明板のはおろか,いつも基準にしている2本の柱も撤去されてしまっていた.昨年の冬には,ナラなどが切られたのに加えて,なんともアクセントのない風景になってしまった.

一応,勘でフレームを決めて写したが,2011/02/26に始めたこのポイントでの撮影も142枚にして一区切りか.(9000)
1ヶ月ぶりの猪高緑地散歩.久しぶりに尾根沿いに縦断.

親鸞山へ登る道が整備されて,以前に比べて登りやすくなった.
山頂には名東区の最高峰,名古屋市内で二番目の標高の案内板が設置されていた.

ただし,三角点の位置はこれよりも少し北方の「根岳 108.7 m」.そして,地形図の読みでは,三角点はないものの120mの等高線に囲まれた高まりが,市内には存在するそうだ.

尾根沿いからは,雪化粧をした御嶽山をかすかに遠望できる(もう少し空気が澄んでいないと、写すのは困難).
井堀の棚田は,すっかり冬モード.(8900)
今年は,紀三井寺開創1250年で,
秘仏本尊 十一面観世音菩薩と秘龕仏 千手観世音菩薩が五十年に一度,開扉される年.

長く急な石段を登って,お目にかかってきた.
三井寺,石山寺,紀三井寺を,特別な年に巡ることができた.

それにしても,人身事故のため近鉄特急「ひのとり」に1時間以上閉じ込められるとは予定外だった.座席は快適だし,珈琲の抽出自販機はあり,それほど苦痛ではないのだが,スケジュールを組み直すのに四苦八苦.
紀の国は,距離的にはともかく時間的には遠い


予定より一本遅れの乗り継ぎ特急「くろしお」は,天王寺ホームに駆け下りた目の前で出発していった.
結局,和歌山駅に着いたのは当初の予定よりほぼ2時間遅れ.そこから,払い戻されるはずの「ひのとり」の特急料金とほぼ同額をタクシー代にして,昼食をとらずに時間を稼ぎ,最終的に予定より1時間遅れで帰宅.
これも修行のひとつか.(10400)
前回のゴールの名鉄寺本駅を出立して,雨尾山観福寺→瑞雲山玄猷寺→慈悲山清水寺→大悲山観音寺→瑞木山圓通寺→鷲頭山長寿寺と参拝.

昨年12月に始めた知多西国三十三観音巡礼は,やっと結願しました.

ところで,結願となった長寿寺さんで御朱印をいただき,本堂に戻ったところで,ウェアラブルウォッチが本日ちょうど30000歩のサインをくれました.偶然とはいえ,うれしかった.

JR大高駅から帰宅. 次回は,スタートした海雲山普門寺さんにお礼の参拝をする予定.(32400)
待っているメールは届かない.
そこで気分転換に散歩に出かけた.

はじめは岩崎御嶽山へ紅葉を見に行くつもりだったが,途中で水琴窟の音を聞きたくなって岩崎城趾へ.

砦のような所だったらしいが,長久手の戦いの際には,砦を守る徳川方丹羽氏が全員討ち死にしたもの,結果的に羽柴方池田恒興,森長可軍の三河中入を阻止することになっため,戦の趨勢に大きな影響を与える場所となった.

雲が出てきて,逆光の紅葉を写すことはできなかったが,菊花展と水琴窟を楽しんだ.

行きは駄菓子屋すず屋さんの前を通った.店は開いていてホッと.小学生が焼きそばを注文していた.帰りは娘家族の近くを通ったが,顔を出すのは遠慮した.(9100)
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