私的備忘録でもあります
日高山脈の麓へ
キタキツネに出合いました.(8200)




今回の幌満巡検のメインイベント.アポイ岳登山.

順に,
馬の背より太平洋を望む
馬の背よりアポイ岳遠望.
襟裳岬
アポイ岳と襟裳岬
登山ルート(10.1 km; 22800歩)

大失敗をしてしまいました.
出発時には問題なかった時計が登山の途中に何故か45分遅れてしまった.
若い人たちには先に下山してもらって,自分のペースで午後4時に戻ったつもりでいた.なんとなく暗すぎるとは思っていたが,実際は4時45分だった.
みんなを心配させてすみませんでした.









全ての予定を終えて,山形5泊目の夜.
新旧2人だけで街に出かける.
キノコ料理が食べたくてたどり着いたお店
天然マイタケも堪能.山形で鯨肉が食べられるとは.

お酒はこれ.(11900)
山形駅に到着.

大学時代以来の友人にお世話になって,美味しいお蕎麦をいただいてから山寺へ
32年ぶりの訪問です.(12100)

帰宅は早くても来週初めかと,当初は覚悟していました.
ホテルも部屋はそのままでよければ使って下さいとのことでした.
予定通り帰宅できたことは嬉しいのですが,逃げ出したようで,北海道を自宅としている方々にはなんだか申し訳ない気持ちです.
すみません.

地震が起きた当日 09/06とライフラインがある程度回復した09/07の2回に分けて写真で振り返ってみます.
まずは09/06
  • 学会プログラムの大部分が中止だろうことは明らかでしたが,それを確認するため北大会場へ.
  • 帰り道,ふと電光掲示を見ると,03:08で止まったままでした.20.6℃はその時の気温でしょうか.
  • 札幌市中央区.夜の暗さ.








翌日09/07
順に説明します.
  • 北4西3の交差点.手信号での交通整理.
  • 市役所に設置された無料充電会場.30分/人.私は,並んでから3回目の入れ替えで充電できました.
  • 11:18 札幌駅地下街.
  • 電気が復旧して,久々にガタンゴトンという音をたてて列車が通り過ぎて行った.ホテルの部屋から.
  • 夜,開いているお店を探してもらって一杯.ただし,鮮魚や野菜のメニュー無し.当たり前だよね.本当にありがたかった.ほとんど唯一の野菜キュウリの浅漬けが美味しかった.そういえば,札幌に着いた09/04の夜以降で,生野菜もしくはそれに近いものは,ホテルの朝食のキャベツの千切りとこのキュウリのみだった.身体が生野菜を欲している.










(5700)
地震発生から約1.5日.

ホテルに戻ると,電気も水も回復していた.ホッ.

と言う訳で,お湯は湧かせるのだけれど,出かける前に食べようと思っていた水調理どん兵衛を,あえてつくってみた.

調理時間30分.
予想通り芯があり固い食感だけれど,この1.5日のことを思うと,じゅうぶんに美味しい. >ただ,かき揚げはお湯の場合のように後からではなく,最初から入れておくべし.これは今回得た教訓.

先程,ホテルの横を小樽方面行きの列車が通過していった.久しぶりに聞くガタンゴトンという音.

先程,余震あり.(6500)
台風21号に追い立てられ,のぞみ206号→はやぶさ11号→スーパー北斗13号を乗りついで10時間,そして札幌到着.

海底トンネルの入り口.うまく撮せました.向こうに見えるのは津軽海峡.5年前に訪れた竜飛海底駅,目をこらしていても見ることができず残念.

普段は飲もうと思わないものを買ってしまうのも旅.美味しかった。(7900)






年一回,公の学会とは関係なく開催されるシンポジウム.
恩師の発案で始まってから30年以上,学部学生から退職した人までが,わいわいガヤガヤ.
お酒が入る,夜の部もすごい.

今年は,約60名の参加で,17日から松本・美ヶ原温泉で.
それが終わって,午後はお約束のご当地散策.今年は四名でぞろぞろ.

まずはこばやし本店で蕎麦を食し,松本城,そして旧開智学校へ.
その後,おやきと娘のリクエストで八幡屋礒五郎七味を買って帰宅.

来年は,名古屋で開催することに.準備は若手に任せましょう.(11500)

 

昨年から計画をしていたけれど,なかなか実行できなかったぶらり旅.
2月,3月に2日連続して日程を組むことは02/18-19を除くと結構難しい.

そんな時に,ある方のブログを読んでいて格安のチケット「おとなびパス」が期間限定で発売されていることを知る.

これぞ,道祖神のまねきにあひて!
というわけで,営業キロにすると1686.2km2日間のぶらり旅.


新幹線さくらの車内では,「ハシル日本一」のキャンペーン,おめかしをしたパーサーさんと特別ワゴン(約200台に1台:ラッキー)に出会い,三江線若桜鉄道の旅も楽しみました.(13100 + 8600)


先週土曜日のミニ旅のもう一つの目的は,長良川鉄道の終着北濃駅を訪れること.
ここへは,3年前の冬に訪れました.その時は北に向かうにしたがい降雪がはげしくなりましたが,今回は次第に青空が広がり到着したときには快晴.
長良川鉄道はかつての越美南線越美北線とつながる計画でしたが,それは叶いませんでした.
前回は雪に埋もれていた,その名残の手動式機関車転車台.今回は見ることができました.
その時の写真は,こちらからどうぞ.
また,こちらのページの3枚目の写真には,ちょっと面白いものが写っています.
美濃白鳥駅では,今でもスタフの手渡しが行われています.ホームの柱に掛かっています.
赤い車両は,昨年4月から運行の観光列車「ながら」.乗りたかったのですが,かなり先まで予約で一杯.
残念.
先日の市之川鉱山巡検からの帰り,「しおかぜ」を1本遅らせて,伊予西条駅に隣接した鉄道歴史パークへ.

新幹線の父と呼ばれる十河信二国鉄総裁が,となりの新居浜市の生まれで西条市長だったことを知った.
昭和34年当時,予讃線の優等列車は準急だったとは.
調べてみると,卒論〜博論で伊予三島〜別子〜新居浜を訪れていた当時,特急「しおかぜ」もすでに走っていた.
しかし,それを利用する金銭的余裕は無かったはず.
急行に格上げされていた「いよ」や「うわじま」を利用したと思うけど,記憶にない.(台風接近.一日中外出せず)
世界中の博物館で,輝安鉱 (stibnite) が展示されていれば,そのほとんどはここ愛媛県・西条市の旧市之川鉱山から産出した結晶.
明治初期には長さ60cm重さ7kgの巨大結晶も産したとのこと.ただ残念ながらその多くは明治時代に海外へ流出してしまいました.
鉱山はすでに閉山し,残念ながら坑道に入ることはできませんが,学会の最終日に実施された巡検に参加し,ここを訪れました.(9400)
今日は,伊予鉄道創立130周年.
おめでとうございます.
でもなにも変わったことはなく,靜かに電車は走っていました.

記念という訳ではないのですが,昼休みに1Dayチケットを利用して城北線→大手町線→城南線→花園線→城南線→城北線と市内電車で一周

お目当ては,
1.本町六丁目の本町線ターミナルで,線路の端っこを見ること,
2.大手町駅で,直行する大手町線と高浜線の線とを見ること.このように,直行する線路は全国でここだけだそうです(昨夜.電車の中で小耳にはさんだ情報).
3.その他,所々で途中下車.(8600)
“一度は降りてみたい駅”のひとつだそうです.
いつもだったら二つ返事で参加する飲み会.
それをごめんして,愛ある伊予灘線 下灘駅へ.
ほんとうに来てよかった.(14300)



会議,会議,講演,会議そして懇親会.
今回の出張の目的の8割は完了.

電車が大切にされている街,好きだな.(7600)

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