私的備忘録でもあります
江戸詰の同僚と、1年2ヶ月で初めて街中に繰り出す。

なんと、そのうちのおひとりとは、ある人を介して、共著の論文を書いていたことを知る。

思わぬご縁。

ホヤを肴にお酒を楽しんだ after 5。(10900歩)
NHKプラスでは,首都圏のローカルニュースが放送されている.
文京区白山神社[天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を勧請]で,ちょうど今週あじさい祭りが行われるとのニュースが先日あった.

これもご縁のひとつか.
ホテルからそんなに遠くはないので,出かけてみた.
夕方散歩でした.(9100歩)

と,ここまで書いたら,NHKニュース(全国版?)で,明日行われる全国で唯一香辛料の神様を祀る波自加彌神社(金沢)のはじかみ大祭についての話題を放送.

江戸でまた加賀国と繋がった.これまたご縁ですな.
名古屋~岐阜~郡上八幡~白鳥~城端~福光~金沢を繋いでいた旧国鉄バス名金線.

その路線に沿ってさくら道を作ろうとした,車掌の佐藤良二さん.

兼六園近くにもその桜が植えられていることを聞き,かつて探したことがあるが見付けることができなかった.

最近になり佐藤桜が紹介されている記事を読んで,先日訪れてみた.

かつて,佐藤さんが兼六園近くに植えた桜は,多くの桜とともにあり,今となってはどれがそれにあたるのか判然としなくなったとの話を聞いたことがある.説明板には,佐藤さんが植えた桜とは明記されていない.あるHPには,「佐藤良二さんの偉業を偲んで植えられたさくら」とある.ただ,後年植えられたにしては,大きく立派に育っている.

これが,佐藤さんの植えられた桜かどうかは判らない.
佐藤さんが夢半ばでお亡くなりになって今年で45年.その桜も大きく育っていることだろう.

いずれにしても,毎年佐藤さんの思いとともにこの桜が咲くことは間違いない.

今度は,桜の季節に訪れてみたい.
なつかしの金沢味めぐり(学生時代編)

娘家族を金沢城公園(私にとっては城内キャンパス)まで道案内して、その後金沢駅まで散歩。途中でチューに立ち寄る。

なんでも、金沢で最も古い中華のチェーンらしい。
石引町の下宿の近くにもあって、よく焼飯を食べていた。

今では主に郊外に店舗があるらしい。訪れたチュー創業(1946)の店(らしい)武蔵ヶ辻店は,ほとんど唯一繁華街にあるお店。

焼飯をいただいた。炒飯ではない。
チャーハンと注文したら、やきめしですかと聞きなおされた。確かにメニューにはそう書いてある。

ごちそうさまでした。(11300歩)

孫たちと朝の片町,竪町散歩。
写真は,旧金劇まえあたり。(6700歩)

金沢には、当時はそうは呼んではいなかったが、第八までのナンバー餃子とでもいうお店がある(あった)。

多分いずれも親族間の暖簾分け.第四は欠番。ネット情報によると、古い住宅地図には第12が見られるそうだが、詳細は不明。

そのうち、現存するのは、第五、第六と第7(これだけ算用数字)。ホワイトギョーザで、第7は妙に有名になりすぎて、小立野時代の昔のようにふらっと立ち寄ることができなくなった。

ギョーザの店芳斎店と名前は変わったが、第7よりも古い第五餃子を訪れるため、金沢駅から徒歩で。その後昔を懐かしんで片町まで散歩。

第五の餃子は、ホワイトギョーザではなく、第一から続くタイプの餃子。こちらが本来の味らしい。学生の頃は、第7ギョーザでもっぱら安い方のホワイトばかり食べていた。
金沢を去って40年以上経ってから、ナンバー餃子の本来の味を知った。

夜は,配偶者と息子家族と一緒に,金沢の海鮮料理を楽しんだ.(18300歩)
FB友達が,猪高緑地を訪れられたようだ.

これに誘われて,そして定点撮影をかねて,夕方いつものコースを辿ってみた.

散歩を始めた10年程前は,赤,白,青の紫陽花がたくさん迎えてくれたが,最近は青い花が所々に咲いているだけ.土壌のPHなどが変わったのか.

ノアザミを見ると,夏が来たなと思う.(11600歩)

仮想「四国八十八箇所巡礼」は,第四十六番浄瑠璃寺さんと第四十七番八坂寺さんに参拝.
今日の蝶はいつ羽ばたいて,配偶者を介して最終的に私に大きな影響をおよぼしたのだろうか.ちょっと大袈裟か.

午前中,鶴舞へ.
帰り道、JR鶴舞駅に行くと撮り鉄さん.何が来るだろうかと見ていると,上りはEH200形という見慣れないJR貨物の電気機関車.私も写してしまった.

調べてみると,愛称はECO POWER ブルーサンダー.
元々は高崎機関区や塩尻機関区に配置され,篠ノ井線などの勾配線区で運用されていたが,今年3月のダイヤ改正で塩尻以西のJR東海エリアにも運用拡大されたとのこと.どうりでこれまで見なかったはず.

すれ違うように下り「しなの9号」が通過していった.7月からは,特急「ひだ」と「南紀」としてHC85系が運行開始.「しなの」も新しい車両にいずれ変わるのだろうか.

その後,覚王山に移動し昼食をとろうと老舗の玉屋さん(1913創業)を訪れたが,臨時休業.最近このパターンが多い.私は何か悪いことをしたのだろうか.

さて,どうしようかと迷っていたら,突然配偶者と待ち合わせることと相成ってしまい,藤が丘へ移動.
少し時間があるので,はまぐり出汁醤油ラーメンのメニューに惹かれて,とあるお店に入る.つけ麺で有名らしいが,私はかたくなにラーメン.
スープそして見た目の美しさともに私の好み.しかし,まだ修行中の若い人かな,案内の順番を間違え私は少し後になってしまった.チケットは購入時に渡してあるので,必然的に注文品も混乱.

配偶者から到着の電話があったのは,はまぐり出汁ラーメンを食べ始めたとき.
そのため,待たせることに.必然的に,配偶者はご機嫌斜め.(7800 歩)
江戸詰での夕食.

あまりにもお店が多く,口コミも様々.優柔不断な私は,これらを参考にすると結局迷うだけ.
そこで,古くからのお店が続いているのは,それなりに理由があるはずと勝手に思い,数ヶ月前からは老舗のお店を巡ることにした.

今日の夕食は,ホテルから徒歩圏内にある,明治45年(1912年)創業 人形町の「小春軒」さん.
いただいたのは,山縣有朋のお抱え料理人だった初代が考案した元祖「カツ丼」.
カツは玉子でとじてはなく珍しい.

ご飯とカツの上にのっているのは,目玉焼きとデミグラスソースで煮た野菜.この見た目は,東海地方の限られた超老舗洋食店だけのメニュー,ミヤビヤ(お店によってメアベア,ミヤベヤ)と似ている.

ほぼ50代以上の人が次々訪れ,それぞれいろんなメニューを注文している.私のようにリュックをかついだ(多分)初めての客も多い.
フロア担当の三代目(?)女将さんと話をしながら,美味しくいただいた.
ごちそうさまでした.(9500歩)
6月,日没が遅くなってきた.
今日は,いつもより少し早く仕事が終わったので,ちょっと遠方まで after 5の散歩.

目的地は,中央線などをまたぐ三鷹跨線人道橋.

1929年(昭和4年)に,明治・大正期のレールを再利用してつくられた.
太宰治が愛した跨線橋.

それが,近い将来,撤去されるらしいので訪れてみた.

ちょうど夕陽が沈む時.通過する列車を照らしていた.
そして,橋のたもとにいる小さい子供達が手を振ると,電車は軽く警笛を鳴らして答えてくれていた.(12400歩)
今日は,東博 創立150年記念特集 「収蔵品でたどる日本仏像史」を中心に,本館と平成館の総合文化展を隅から隅まで.

 特に,平安初期 十一面観音菩薩立像(元々は何処におわしたか書いてなかった)に惚れた.




そのあと,新宿西口 思い出横丁の岐阜屋さんでちょっと早い一杯.
1947年闇市の頃からの飲み屋さんとのこと.

寡黙な板さん(途中で交代,何人もいるのか)と常連の客との間の暗黙のルールがありそう.

今日は,キクラゲの玉子とじとビール大瓶でごちそうさん.
何となく雰囲気は判った.
次は,チャーハンをたのもう.

外に出るとまだ明るかった.日の入りがお遅くなった.散歩の季節.(14300歩)
風景などを楽しみながら彷徨うことはあっても,基本的に目的地を設定してする私の散歩.

孫の「くまさんがいる!」とのメッセージが添えられて,昨日送られてきた写真からバンクシーを連想.

そして,気温は高いものの爽やかな風が吹くなか,去年訪れたバンクシー(?)ガードレールを思い出して出かけてみた.

気がつけば,昨年とほぼ同じルートを歩き,ほぼ同じ構図で写していた.何ら進歩していないということか.(10800歩)
「くまさんがいる!」という,孫のキャプション付きで,送られてきた写真.

確かにいる.これは,芸術家のお犬様が,散歩の途中にお描きになったものか.

すぐ消えるから,これが唯一の記録.
ある意味で,バンクシー の作品よりも貴重.

鉄分補給をかねて東へ.

愛知高速交通東部丘陵線リニモは,地下走行時を除き無人自動運転なれど,今日は終点の八草まで運転室に2人の乗務員さん.手動運転が必要なときのための訓練,エアー運転かもしれない.

ところで,「八草」駅の案内車内放送,Yaにアクセントがあるので,JAXAに聞こえてしまった.

目的地は,水源公園近くの矢作川.友人の何人かが,昨日訪れられたようだけれど,公共交通機関+徒歩の私は,まずアクセスについて調べる必要があり,思い立ったが吉日とはならず,今日の訪問.


明治用水頭首工の漏水事故のため,それより上流が渇水.水面下にあった明治用水旧頭首工(明治42年竣工)の遺構が顔を出した.
この渇水のため,西三河地方の農家さんへの給水が滞っている.また,水道水や工業用水にも大きな影響が出ている.

このことを思うと,遺構を見に来ることを多少躊躇したが,来てしまった.(11600歩)
謎の0番ホーム@近江塩津

ここは,北陸線と湖西線が分離,合流する駅.

乗り継ぎ列車を待っていて,これまではなかった0番ホームを発見.他のホームからは,直接ここに辿り着けないようで,なんとも不思議なホーム.面白い.

どうやら,0番ホームは駅舎の外と直接つながっているらしい.外に出てみると,たしかに入り口はあるもののシャッターで閉じられている.

右の写真:本当は,別のアングルから写したかったのだけれど,入り口の前に地元の方お二人が座り込んで.缶コーヒーを飲みながら談笑中の為断念.


調べてみると,大雪の影響で線路のポイントが正常に作動しない場合などに,本来は通過列車用となっている線路側から乗り降りができるよう,昨年12月20日から運用されているとのこと.この冬は実際に使用されたのだろうか.

各駅停車の旅ならではの気付き.
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