私的備忘録でもあります
郡界橋
愛知用水の調整池「愛知池(1961年竣工)」の水位が下がり,水没していた郡界橋が顔を出していると知って出かけた.
この郡界橋(1933年竣工)は,小さいながら当時の愛知郡(日進町)と西加茂郡(三好町)の境であると同時に,尾張と三河の国境でもあります.
私一人で出かけるつもりだったけれど,高1の孫娘も見たいというので,牧野ヶ池散歩に続けて一緒に訪れた.こんなことにも興味を持ってくれるとは,チョット驚きチョット嬉しい.
カメラを構えている間に,電車の通過時刻を調べてくれたり,橋を見通すことが出来るポイントを探してくれたりと,いろいろ助けてもらった(草木に遮られて,撮影可能な場所は意外と少ない).
この郡界橋(1933年竣工)は,小さいながら当時の愛知郡(日進町)と西加茂郡(三好町)の境であると同時に,尾張と三河の国境でもあります.
カメラを構えている間に,電車の通過時刻を調べてくれたり,橋を見通すことが出来るポイントを探してくれたりと,いろいろ助けてもらった(草木に遮られて,撮影可能な場所は意外と少ない).
今回の金沢,美味しい食材を楽しんだだけではなく鉄分もちゃんと補給しました
その1
北陸鉄道石川線 廃線部分を辿る
かつての北陸鉄道石川線のうち,南側の鶴来駅—旧加賀一の宮駅間と北側の野町駅—旧白菊駅間は廃止されている.南側は7年前に辿り,今回は北側部分を辿ってみた.
野町駅—旧白菊駅間の廃止は1972年,私が金沢に下宿し始めた年で,全く記憶にない.
① 現野町駅と現石川線の終端.
② 津田駒工業(株)敷地の少し手前でストップしている東西の路地が何本も.おそらく,この南北に続く奇妙な狭い空間が廃線跡かと推測.
③ 廃線跡と推測される道路から,少し西に外れたところにレールが残っていた(写真).おそらく廃線部分から分岐して工場内につながっていたものだと思われる.
④ この微妙にカーブする道路,まさに廃線跡の雰囲気.
⑤ これまた微妙にカーブする(手前の道路と大きく斜行する)敷地境界(?).廃線跡はこれに沿って右(東)へカーブしていると推測.
⑥ ⑤からここまでの廃線跡の位置はよくわからない.ただこのあたりに旧白菊町駅があったとのこと.今では,その面影は全く感じられない.
⑦ 廃線跡と推測される道路から少し北に外れたところに,金沢ふらっとバスの白菊町バス停.
その1
北陸鉄道石川線 廃線部分を辿る
かつての北陸鉄道石川線のうち,南側の鶴来駅—旧加賀一の宮駅間と北側の野町駅—旧白菊駅間は廃止されている.南側は7年前に辿り,今回は北側部分を辿ってみた.
野町駅—旧白菊駅間の廃止は1972年,私が金沢に下宿し始めた年で,全く記憶にない.
② 津田駒工業(株)敷地の少し手前でストップしている東西の路地が何本も.おそらく,この南北に続く奇妙な狭い空間が廃線跡かと推測.
③ 廃線跡と推測される道路から,少し西に外れたところにレールが残っていた(写真).おそらく廃線部分から分岐して工場内につながっていたものだと思われる.
④ この微妙にカーブする道路,まさに廃線跡の雰囲気.
⑤ これまた微妙にカーブする(手前の道路と大きく斜行する)敷地境界(?).廃線跡はこれに沿って右(東)へカーブしていると推測.
⑥ ⑤からここまでの廃線跡の位置はよくわからない.ただこのあたりに旧白菊町駅があったとのこと.今では,その面影は全く感じられない.
⑦ 廃線跡と推測される道路から少し北に外れたところに,金沢ふらっとバスの白菊町バス停.
徒歩でビワイチ通算5日目
琵琶湖の最奥を通過し,ようやく東岸に到着.
まず麦畑を見ながら西に向かい,その後 湖面をのぞみながら南下.
昨日同様暑かったけれど,湖面を渡って吹いてくる風は心地よい.
前から訪れてみたかった葛籠尾崎湖底遺跡資料館の横を通過したけれど,ここに立ち寄るとおそらく予定の半分も進めないことは明白なのでやむなくスキップ.
先ほど調べてみたら,見学するには近くの旅館を通じて電話予約が必要とのことだった.いずれにしても,今回は縁がなかった.
この旅館,配偶者の「近江牛が食べたい」の一言で,3年前に子ども達家族と一緒に訪れたところ.写真にあるような風景を眺めながら露天風呂に入ることができてよかった.
すぐ近くには,湖北野鳥センターもあり訪れたけれど,なんと火曜日が定休日.
長浜市は,今年の大河ドラマでは中心となる地域のひとつだけれど,先を急ぐゆえにスキップ.現存する日本最古の鉄道駅舎 長浜鉄道スクエアにも,勿論寄らない.
このあたりから,左手に北陸本線を右手に湖面を見ながらの歩き.米原駅まで行こうかと一瞬思ったけれど,悲鳴を上げる両足の小指と相談して,当初の予定のJR坂田駅まで.踏切の警報機が鳴り始めたので,痛みをこらえて走ったけれど,改札に辿り着いたところで列車は姫路に向かって出発していった.そして,のんびりと30分後の列車を待った.(25.2 km,44100 歩)
まず麦畑を見ながら西に向かい,その後 湖面をのぞみながら南下.
昨日同様暑かったけれど,湖面を渡って吹いてくる風は心地よい.
前から訪れてみたかった葛籠尾崎湖底遺跡資料館の横を通過したけれど,ここに立ち寄るとおそらく予定の半分も進めないことは明白なのでやむなくスキップ.
先ほど調べてみたら,見学するには近くの旅館を通じて電話予約が必要とのことだった.いずれにしても,今回は縁がなかった.
この旅館,配偶者の「近江牛が食べたい」の一言で,3年前に子ども達家族と一緒に訪れたところ.写真にあるような風景を眺めながら露天風呂に入ることができてよかった.
すぐ近くには,湖北野鳥センターもあり訪れたけれど,なんと火曜日が定休日.
長浜市は,今年の大河ドラマでは中心となる地域のひとつだけれど,先を急ぐゆえにスキップ.現存する日本最古の鉄道駅舎 長浜鉄道スクエアにも,勿論寄らない.
このあたりから,左手に北陸本線を右手に湖面を見ながらの歩き.米原駅まで行こうかと一瞬思ったけれど,悲鳴を上げる両足の小指と相談して,当初の予定のJR坂田駅まで.踏切の警報機が鳴り始めたので,痛みをこらえて走ったけれど,改札に辿り着いたところで列車は姫路に向かって出発していった.そして,のんびりと30分後の列車を待った.(25.2 km,44100 歩)
ツブラジイの花で黄金色になる金華山を見ようと,初めて訪れたのは2019年(高校時代にも何度か来ているはずだけれど,その当時は気にもとめなかったのだろう).
今では,桜,藤,ナンジャモンジャなどと同じく,季節を感じる定例の散歩となっています.
3年前だったか,「ツブラジイの花もアップを」とのリクエスト.
ただ,ツブラジイは山の中腹に多く,近づいて見るのは結構厳しい.
今回は麓を辿って何とか撮すことができた.
岐阜城はもうすぐ耐震改修工事に取りかかる.ツブラジイと岐阜城のコラボも再来年までお預けか.
とここまで書いて気がついた.と言うことは,岐阜城と月のコラボを撮すことも再来年までお預けらしい.(15600 歩)
今では,桜,藤,ナンジャモンジャなどと同じく,季節を感じる定例の散歩となっています.
ただ,ツブラジイは山の中腹に多く,近づいて見るのは結構厳しい.
今回は麓を辿って何とか撮すことができた.
岐阜城はもうすぐ耐震改修工事に取りかかる.ツブラジイと岐阜城のコラボも再来年までお預けか.
とここまで書いて気がついた.と言うことは,岐阜城と月のコラボを撮すことも再来年までお預けらしい.(15600 歩)
岐阜に出かけて,合わせて老舗巡り
・丸デブ総本店(1917年創業)
最初のラーメン(中華そば?)ブームの中心にあったと言われる,淺草 來々軒(1910年創業)の流れをくむお店.久しぶりに訪れた.醤油鶏ガラスープ.薄味好みの私でも,最初の一口はちょっと薄いかもと思うのだけれど,食べ進むにしたがって,丁度よいあんばいになる不思議なつゆ.麺はなんとなく蕎麦に近い.合わせるとやはり中華そば.ネット情報によると,創業以来レシピは変えていないとのことで,この味が初期のラーメンと言うか中華そばにつながるのか.ごちそうさまでした
・サカエパン(1947年創業)
一度訪れてみたかったパン屋さん.一見しただけではお店のようには見えず,小さい看板とお客さんらしき人が入ってゆくので,そうとわかった次第.
人気のひとつ焼きそばパンは,とっくに売り切れていた.
アイスパンも看板商品らしいが,どんな味なのだろう.夏販売か.
惣菜系は「くん」が,あんパンなど甘い系には「ちゃん」が着いている.
私は,「ピザパンくん」,「ポテトサラダパンくん」と「たこ焼きパンくん」を購入(名前はチョット曖昧).これで570円とはあまりにも安い.ごちそうさまでした
・丸デブ総本店(1917年創業)
・サカエパン(1947年創業)
人気のひとつ焼きそばパンは,とっくに売り切れていた.
アイスパンも看板商品らしいが,どんな味なのだろう.夏販売か.
惣菜系は「くん」が,あんパンなど甘い系には「ちゃん」が着いている.
私は,「ピザパンくん」,「ポテトサラダパンくん」と「たこ焼きパンくん」を購入(名前はチョット曖昧).これで570円とはあまりにも安い.ごちそうさまでした