私的備忘録でもあります
散歩コースの途中に,不思議だと思っている道がある.

細い路地が,東西に走る片側二車線の県道217に切られている,しかも,その間には50 cm程度の高低差があり,両者はつながっていない.

一日中雨なので,外出することもできず,暇なので,どうしてこんな道ができたのかを考えてみた.

県道を挾んで北側には弁天池が,そして地形図からはわからないが,南に行くと所々に狭い水路が顔を出す.したがって,弁天池から流れる水路の暗渠だと勝手に決めつけていた.

昔の地形図なら,その痕跡があるかもと,今昔マップで現在の地形図と比較してみた.あわせて,市道の道路情報にもあたってみた.ダメ元で検索してみたのだけれど,こんな道路台帳のような情報までオンラインで取得できるとは,ちょっと驚き.

その結果,少なくとも45年くらい前から,この路地はせまいながらも立派な市道(当時は町道)467 岩根1号線で,少なくとも27年前まで,他の2本の道と変形三叉路をなしていたことがわかった.そして地形図1968年修正測量版と比較すると,この町道は南北に走る崖の縁にそってつくられたらしいことも推測できた.また,水路の痕跡は確認されない.従って,正しいと思い込んでいた排水路暗渠説はほぼ成立しないことに.

おもしろくなって,新旧地形図の比較を続けるた結果,現在のように東に延びる県道217とそれとほぼ直交して北へ延びる片側2車線の市道14 竹の山中央線をつくろうとすると,結果的に通行量が大きく異なる道が参加する変形五叉路となる.これを避けるために,最も狭く斜めに接続する市道467を行き止まりにしたのではないだろうか.

これで,なんとなく当人はスッキリしたつもりになっている.ただ,なぜ市道467と県道217の間に高低差があるのかは,依然としてナゾ.県道217の一部を,わざわざ盛り土したとしか思えないのだが.
こんなことをしていた午後でした.
ともかく,勝手な思い込みはぜずに,調べることは大切ですな.
尾張東部から三河西部にかけての丘陵地に,古墳時代から鎌倉時代初期の古窯(跡)が多数分布している.猿投古窯群と呼ばれ,その技術・伝統は,瀬戸窯や常滑窯などの中世窯へと受け継がれていった(パンフレットの説明などから).

残っている猿投古窯のひとつ,香久山古窯(岩崎四五号窯:平安時代初期)春(初夏)の一般公開(日曜日午前の2時間)を,散歩がてら訪れてみた.この古窯,天井部分を除いてほぼ完全な状態で現存しており,内部の構造がよくわかる.

訪問者ノートを見ると,見覚えのある筆跡で書かれたYさんの名前.私が訪れる直前までおられたようだ.私よりも6歳くらい上で,同じ理学部に勤務.
ご近所に住んでおられたとは.


そのまま帰るのはもったいないので岩崎城へ.
ほぼ残っている曲輪,土塁,空堀,馬出しなどから当時を想像することができる.もちろん今再建されている模擬天守閣のようなものはあったはずもないが.
小さな城ながら,小牧・長久手の戦いの際,ここを守っていた丹羽氏重たちが,秀吉側の岡崎中入り阻止に決定的な役割を果たした.結果,この戦いの趨勢,そしてその後の,秀吉と家康の力関係に大きな影響をおよぼした.

「どうする家康」では,このあたりどのように描かれるのか,または描かれないのか.今回の脚本,従来はあまり取り上げられなかった人を含め,毎回個人にスポットライトを当てる傾向がある.案外,丹羽氏重さんの登場もあるかも.

帰り道,塩豆大福の幟を見て,ついふらふらと.そして,抹茶クリーム大福も買ってしまった.私は,甘いものを買うことはあまりないが,和菓子でも大福系ときんつば系は別.(10500 歩)
伊勢うどんをいただいたことなど,どこにもアップしていないから,全くの偶然だけれど.
HPを何気なく眺めていると,宇治山田駅前の「ちとせ」というお店の記事.

約50年前,ここのうどんに惚れ込んだ永六輔さんが,ラジオや雑誌で紹介したことから「伊勢うどん」の名前が広がったとのこと.

伊勢うどんは,刻んだ万能ネギを添える程度を基本として,シンプルなものが多いけれど,このお店で一番人気なのは,「伊勢肉月見うどん」らしい.
そこで,わが家には常備されることのない牛こま肉を買い出しに.
そして,写真を参考につくってみた.

伊勢うどん,いつも感じる,見た目と味のおとなしさとのギャップ.麺の食感はともかく,美味しい.ごちそうさまでした.
今年もこの季節がやって来た。

秋田・三種町から取り寄せ。6年になる。

今日の相棒は、超辛口Nagara-gawa。岐阜・各務原の小町酒造のお酒。

梅雨のはしりなのか,これからなんとなくスッキリしな天気が続くようだ.

雨が降る前に,井堀の棚田の定点撮影を兼ねて,猪高緑地散歩.

棚田では,カルガモが二羽.餌をついばんでいた.散歩を始めて12年以上になるが,カルガモをみたのは初めて.




少し前,仲間内でちょっと話題になったハルジオンとヒメジョオン.

茎の中と葉と茎の関係を基準に,両者は場所を少し違えて群生していることを確認.

左右の写真が,それぞれハルジオンとヒメジョオン.
05/17にみたときと比べると,多少紅色がかったようにも見えるが,やはリ猪高緑地では白色.

帰り道,梅雨前の大移動なのか,蟻の大行列が少なくとも30 m以上続いているのに気付く.スタートとゴールを確かめようと,下を見てウロウロしていて,顔を上げるとミニパトの婦警さんと目が合ってしまった.それで,探索は突然終わることに.(11100 歩)
先日,「本当に焼いたらうまかった日清焼そばU.F.O.」をつくってみた.でもこれは,おそらくフライパン調理用の麺を新たに開発し,それにUFOのソースを添えたものだと思う.従って,本当に「カップ焼きそば UFO」を焼いた時の味ではないと思う(たぶん).

今日は,本当のカップ麺をフライパンで焼いてみた.明星と丸美屋のコラボ製品「のりたま燒うどん」.

のりたまといえばエイトマンシール.先日,コンビニで見つけて,シールは入っていないが,懷かしくなって,つい買ってしまった.
調べてみると,このシールがおまけとしてついていたのは1964年-1965年と最長でも2年間と意外と短い.その後は,スパージェッターのカードが入っていたそうだが,こちらは記憶にない.

さて作ろうとして困ったのは,水の量.もちろんパッケージにかいてはない.
勘で250 mlとしたが,少し多すぎたようだ.もし同様の試みをされる方がいらっしゃたら,220-230 mlほどが適量かと.

具材は,しめじ,タマネギとキャベツ.

醤油の焦げた香り,いいね.これは,焼かなければ楽しめない.

次は,本当に「カップ焼きそば UFO」をフライパンで調理してみたくなった.
昨日,科博筑波研究施設での用事からの帰路,
いただいた入場券で上野科博の特別展「恐竜博2023」へ.ありがとうございます.

今回の主役は,「トゲトゲ:鎧竜ズールの全身実物化石」.
その他に,装楯類,南半球と北半球の獣脚類など.

化石内部の3D解析やレーザー励起蛍光法により新たに得られた画期的な情報など,新しい技術およびその成果の紹介もおもしろかった.
最近は.次女まで,よくわかる暗号指令を送ってくるようになった.しかも画像付き.

つくばからの帰途,「なんかいい感じ」のコメントとともに,写真を受信した.

スマホでの撮影ながら,よく見るとかすかに地球照までみることができる.最近のスマホ,ズーム機能以外はすごいと思う.

任務を完遂しなければ.
帰宅時は,まだ間に合った.さっそく,LINEで家族へ送信.(9200 歩)
世界最大級の花 ショクダイオオコンニャク

つくば科博の筑波実験植物園では、この花が、ちょうど短い開花の時期をむかえていた。

この花、葉をつけては枯れ冬眠する周期を数年間繰り返した後、冬眠から花を咲かせる周期に移行(科博の株はもう少し短い開花周期とのこと)。そして、開花は2-3日間くらいらしい。

昨日、Tさんに案内してもらった。
偶然とはいえ、そんな時に訪問するスケジュールをセッティングしてもらったことに感謝。
今宵は、高校の同窓生Kさんとつくばで一杯。
たぶん45年ぶりくらいの再会。

酔いに任せて、つながるかどうかドキドキしながら、別のKさんの自宅に電話をかけてみた。そして長い時の隔たりは、あっという間に解消された。

ゲストハウスに帰ってニュースを見ると、今宵関東地方は、至る所で局地的豪雨。
そういえば、店の中で「外はすごい雨」と聞いた気がする。ひょっとしたら、店に入った後に激しく降り始め、出る前に止んだのか。(14300歩)
もう11年経ったのかと思う.

東の空を覆っていた雲が突然消えて,金環日食の時を迎えた.その奇跡.

その時,一番年上の孫でも1歳.もちろん覚えてはいない(本人に確かめたわけではないが).

そして,ブログには,日本で観測される次の金環日食は2030年の遠い未来と書いた.今でも遠い未来の気がする.

ところで,父が残したアルバムに,部分日食の写真があったことを思い出した.
父の年齢や出征していたこと,そしてカメラの普及を考慮すると,東海地方で食が大きかったのは1958.04.19(名古屋市科学館のネット情報).この時に撮されたような気がする.私は生まれていた.
あのアルバムは,母が持っているはずなので,今度聞いてみよう.
吹上の松楽
私の訪ねたいお店リストへ、初期に登録された所。

ただ、私の通常の行動範囲から微妙に外れていることや、訪れても不定休の日だったりして、これまで縁がなかった。

千種界隈に用事があったので、散歩がてら足をのばしてみた。

目的はチャーハン。
カウンター七席だけの小さなお店。
中の様子がよくわからない。入り口はどこだろう、ここでいいのかと一瞬戸惑う。

私にとっては、少し胡椒が効き過ぎているが、これが普通の味付けなのだろう。
もう少し醤油が主張すると予想した味付けとは少し違っていたが、美味しかった。
ごちそうさまでした。

それから、さらに吹上公園の富士山滑り台まで。たぶん、ここが最初にできた富士山滑り台のはず。(7500 歩)
日〇食品は,訳のわからないことをやってくれる.

先日スーパーで,「本当に焼いたらうまかった日〇焼そばU.F.O.」という,自己否定そのものの品をみつけた.

私に言わせれば,カップ焼きそばをいくらきちんと湯切りしたところで,普通の焼きそばの食感にはならないから,あたりまえじゃんと思う.
要するに,日〇焼そば袋麺を作る際の煩わしさとを天秤にかけたトレードオフの問題.

私は,食感と味の好みで,フライパンがあるところで食べるとすると袋麺の一択.

しかし,私の弱い(物好きな)ところは,そう思いながら「本当に焼いたら云々」を買ってしまうこと.

 両者をつくって比較してみた(左:カップ焼きそばの子孫,右:袋麺焼きそば).どちらも,具材は,青梗菜としめじ.もちろん,別々の日の昼食用です.念のため.

カップ焼きそばの子孫の食感は良くなった.しかし,これはあたりまえのこと.湯切りした後に,レンチンして余分の水分を飛ばす一手間をかけるだけでも,食感は良くなるのだから.

見た目の良さは,カップ焼きそばの子孫かな.

それでも,袋麺の方がいいなと思う.これは私の味の好みによる.
今日は,孫の運動会.

GPS計測によると,小学校までは往復5.2 km.
配偶者と散歩がてら歩いたが,昨日から続く5月とは思えない暑さに,いささかバテた.

孫は,心臓に疾患があるので,激しい運動ができない.
80 m走は,半分の40 mを完走.
集団での競争は無理なので,かわりに放送係を用意してもらって,喜んで参加していた.

わが家がここに引っ越してくる直前に新しい校区ができたが,それまではこの小学校まで,このあたりから1年生も歩いていたことになる.

ちなみに,私の田舎の家は,校区のほぼ南端にある.社会科の授業として,家までの距離を間縄のようなものを使って求めることを行った.
もちろん,一コマの時間で終わるはずもないから,他の教科の時間も使ったのか,もしくは帰るときに測ったのだろうか.
いずれにしても,おおらかな時代.求めた距離は,1.3 km(Google map上でも1.3 kmでした).それでも遠いと思っていたのだから,片道2.6 kmの通学はたいへんだったと思う.(9100 歩)
岐阜・揖斐川町では最高気温が35 ℃を超え,わが家の玄関にかけてある寒暖計は午後5時を過ぎても31 ℃を指していた.

机に向かっていることが3日続くと,なんとなく足がむくんでくる.そこで,夕方に猪高緑地散歩.

卯の花は咲き始め,そして野アザミも.

猪高緑地にも,夏は来ぬ.(8900 歩)







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