私的備忘録でもあります
今日は,配偶者の誕生日.

当地に引っ越してきた頃から,夕食には私が天ぷらを振る舞うことが習慣だった.
しかし,子どもたちが家庭を持ったり就職したりして独立後,休眠状態が久しい.

今日は,覚王山フルーツ大福 弁才天のご近所支店まで出かけてみた.

「誰がどんなときに買うんだろうね」と言ったところで,珍しく配偶者と意見の一致を見た.

断面の美しさは,お店のHPでご覧下さい.
特急「しらさぎ」車中の配偶者へ,カレーで良ければ夕食つくると連絡.
もちろん異存はなし.これは毎度のこと.

ちょっと変わったカレーが,食べたかったわけで.

今宵は,きのこカレー.

近くのスーパーへ買い出しに行ってみると,ブナシメジ(1菌床のものも,なぜか同じ値段で売っていた),マイタケ(これはいつもの量),エリンギ(いつもよりはるかに大きい)は,いずれも98円.聞いてみると,時々こんな特売日があるそうな.いつもより大粒のマッシュルームも購入.

まさに,今日はきのこカレーにぴったりの日だった.

ルーは,今回もオリエンタル 即席カレー(愛知県云々とラベルがしてあったが,詳細は忘れた).これも地産地消ならぬ地製地消.
知多四国巡礼の途中のこと.歩いてみて気がつくことがある.

1.最初,「おつかれこども」と読んでしまって,首をかしげた.そして気がついた.ここは,半田市乙川町.







2.グローリーホール・ダム穴@七本木池 半田市一本木町 
美しいと思うが,私はなんとなく恐怖も感じる.




3.「豊田佐吉翁発明 近代力織機発祥の地」の碑@半田市乙川高良町 
何故ここにと思い調べたら,日本最初(明治28年:1895年) に動力織機がつくられ,この地に「乙川綿布合資会社」が設立されたとのこと.



4.何故ここに,「特急ひのとり」が?@名鉄名古屋駅ホーム 
まあ,競合路線はないし.....でも,ちょっとおもしろい.
お大師さまと丁石に導かれ励まされてのお遍路.南無大師遍照金剛

今日は,名鉄植大駅→亀宝山(年弘法)東光寺→第54番亀嶺山海潮院→清涼山(奥の院)海蔵寺→第18番開運山光照寺→第19番前明山光照院→第20番萬松山龍台院→第21番天龍山常楽寺→名鉄青山駅(30900 歩)

半島の丘陵部から海岸部への道すがら,いくつか丘を越えた.そのためか,大胆四頭筋,何故か特に大腿直筋が痛い.これまでになかったこと.
配偶者は金沢に出かけ,気分はちょっとホーム・アローンの主人公のよう.

少し羽を伸ばそう(さらに羽を伸ばしてどうするとの声もあるかもしれませんが).
昨夜は目が覚めるほどの激しい雨だったが,どうやら雨雲は一時的に東へ抜けたようだ.

足慣らしのために南へ.

目指したのは,あさくま本店.
市内に本店があることを知り,少し遠方だけれど興味があって訪れてみた.
ネット情報によると,1948年創業の仕出屋旅館がルーツで,1962年たぶんここにキッチンあさくまができ,その後ステークハウスとして主に関東方面へ展開している.
ステーキを食べるのはいつ以来のことだろう.思い出せないほど昔.
ごちそうさまでした.

ホタルイカ.
旬としては,ちょっと遅い.
でも,食べたくなり,取り寄せてみた.
あいにく,配偶者が留守の今日届いたので,まずはひとりで,刺身を楽しんだ.
美味なり.
目玉と嘴の下処理が結構面倒だったが,努力した甲斐があった.酒がすすむ.
さて次はどんなホタルイカを楽しもうか.(13100 歩)
「名古屋で海外の絶景!?カメラ好きの間で有名な「ペレーの木」を探し出せ!」という,なんとも刺激的なタイトルのネット情報.

東海地方の民放テレビ局の番組紹介コーナー.

すっかり忘れていたけれど,その木を撮した記憶が.そして,写真を探し出した.
ほぼ3年前,大河ドラマ”麒麟がくる”の舞台を彷徨っていて,「大高緑地の一本木」という表示がきになり訪れたスポットだった.

あえて場所は紹介しません.
とは言っても,ネット検索すれば簡単にヒットするし,最寄り駅から簡単にたどり着けるところ.

いつ頃のことかは不明だけれど,なんでも「ペレー」という名の写真家の方が,最初に注目し情報発信したからこの名前がついたらしい.

それ以前にも数え切れない人がここを訪れたはずだが,少なくともその美しさを情報発信はしなかった.
私のように,絵になると撮してはみたが,それを忘れてしまった者も多いだろう.ブログやFBにさえアップしていない.人と組み合わせて撮るという発想もなかった.

やはり,注目して情報発信することは大事だ.それに,構図の妙も勉強させてもらった.
名古屋スリバチ学会友達の方に誘っていただき,尾張—国境近くにある起宿界隈から木曽川を越えるルートで美濃路を散歩.

集合時間には少し早く到着したので,まずは木曽川堤防を一人プレ散歩.

木曽川をはさんで眺める,薄もやに霞む養老山系—関ヶ原—伊吹山系は美しいと思う.

このあたりは,美濃路散歩で訪れたことはあるが,新しい切り口での紹介で,またひと味ちがった散歩となった.

ありがとうございました.(15400 歩)



時系列上相前後しますが,06/02の京都鉄道博物館.

先輩のSさんをさそって雨の中.

京懐石を堪能する前に,まず鉄分補給でした.




今日は,一番下の孫の誕生日パーティー.

息子家族の希望で,鶏とゴボウの唐揚げがメイン.
鶏肉は,2.2 kg.これを11人で完食.孫たちもびっくりするほど食べるようになりました.

玉子不使用の31特製アイスクリームケーキ.
各自希望のフレーバーの問い合わせが,私以外のところにはあったらしい.
そして,これしかないでしょうという,訳のわからない確信のもと,私用には「抹茶きなこ -とろ~り黒蜜-」が用意されていた.

早めの夕食後のデザートは,長女が徳島から取り寄せてくれた,和三盆のおはぎ.

それぞれ帰宅し,一段落したところで,配偶者が「お月様を見てこよう」と出かけたものの,帰宅しても予想していた指令なし.「お月様を見てこよう」が,すでに指令だったのかと,外に出てみたが,東の空は雲に覆われていた.なるほど,指令がないわけだ.
各地に大きな爪痕を残した台風と梅雨前線.
京都の朝は,台風一過の青空.
なれど,東海道新幹線は,実質的に全面ストップ.名古屋に帰れない.
さてどうしよう.

そうだ 祇王寺 行こう

平清盛の寵愛を失い尼になった白拍子祇王ゆかりのお寺(平家物語).苔の名所でもある.

1968年9月から半年にわたって,テレビ放映された「怪奇大作戦」.
その第25話「京都買います」.私にとって最も印象的な回.

京都のお寺から,次々と仏像が忽然と消える.その事件に関与する,仏像を愛する女性.
祇王寺は,この回のクライマックスとなったシーンが撮影されたところ.

ここを昔から訪れてみたかった.いわゆる今様の「聖地巡礼」.
撮影スポットは特定できるのか.撮影スポットは,55年のうちに変わったのか.とても興味があった(上の写真が現在,下の写真は当時のシーン.DVD-Boxより).








近くにある,化野念仏寺も訪れてみた.
京都駅に戻ると,ダイヤは乱れているが,なんとか動き始めている東海道新幹線.
指定席車両のデッキまで満員.私もデッキ組.
清洲を過ぎてもう少しで名古屋というところで緊急停止.名古屋駅で緊急停止ボタンが押されたとのこと.なぜかもしくは誰がかは不明.

並走している東海道本線を特急しらさぎ,快速,普通列車などが,となりでは下り新幹線が次々と通過してゆき,それを眺めている.
貨物列車も追い抜いてゆく.

その後,信号停車を繰り返し,清洲近くから約50分かけてやっと名古屋駅着.
入場者数が,改札口でコントロールされているので,新幹線ホームはそれほど混雑していない.これは安全面からも良いこと.しかし結果,新幹線への乗客の列は,改札口からコンコースに出て東西に縦断,桜通口のはるか外まで続いている.しかもこの列は二箇所で.
こんな列に出会ったのは初めてだ.(17200 歩)
長い間お世話になった,事務の方が退職。
お疲れさんの席を、美濃吉四条烏丸店で。

前菜は、茅の輪くぐり 胡麻豆腐と彩り盛り合わせ
椀物は 鱧こく汁 笹がき牛蒡
主菜は、若鮎塩焼きと若鮎踊り揚げなど

京都に夏が来た。(16300 歩)




先日の不思議な道に続く,道路関係の話.

もちろん偶然ですが,私の行動パターンを読まれているかのよう.
昨日,地元新聞のネット版に,岐阜駅まで歩いて戻る私にぴったりの記事.

三角柱の距離標(キロポスト)

側面にある「岐阜羽島」は,「県道岐阜羽島線」を,1・45は,かつて司町にあった3代目県庁舎からの距離を意味しているとのこと.もう一面は「岐阜(県)」だろうか.
このあたり,庭とは言いませんが,勝手知ったるところ.もちろん立ち寄ってみた.

調べてみると,県庁舎が司町から現在のところに移ったのは1966年.
いったい,いつからここにあるのだろう.

2007年にその役目を終えて,今はかなり埋まっている.しかし,許可なく動かすことは禁じられているから,これからもズーッとここにあるのでしょう.
昼ごはんを食べそびれ、岐阜駅に着いたのは15時少し前。

大垣の朝日屋をネットで調べると、嬉しいことに夜まで通しの営業中。

どうせ遅い食事ならと、下り電車で大垣へ。

明治創業というから、鶴岡屋本店(1902年創業)や残念ながら閉店した鶴丸(1884年創業)と並ぶ老舗。
お目当ては、通称エスプーマカツ丼。

15時半というのに、後続の客5名。若い女性も。皆このカツ丼を注文。私と同好の人たちか。

空腹のまま、ここまで遠征した甲斐があった。

ごちそうさまでした。(12700 歩)

個室四国郷土活性化藁家88岐阜駅前店

旬の鰹のたたきを食べたくなった。それで、久しぶりに、今宵はここで一人酒。

四国の食のアンテナ居酒屋?

藁で焼いた香りがなんともいえない。
若い人たちが、テキパキと切り盛している。応援したくなるお店。一度息子を連れて来たいのだが、なかなかチャンスがない。

一杯目は、川之江の梅錦。
博論の調査以来、新居浜の定宿の主人と飲む酒はこれだった。(7000 歩)
散歩コースの途中に,不思議だと思っている道がある.

細い路地が,東西に走る片側二車線の県道217に切られている,しかも,その間には50 cm程度の高低差があり,両者はつながっていない.

一日中雨なので,外出することもできず,暇なので,どうしてこんな道ができたのかを考えてみた.

県道を挾んで北側には弁天池が,そして地形図からはわからないが,南に行くと所々に狭い水路が顔を出す.したがって,弁天池から流れる水路の暗渠だと勝手に決めつけていた.

昔の地形図なら,その痕跡があるかもと,今昔マップで現在の地形図と比較してみた.あわせて,市道の道路情報にもあたってみた.ダメ元で検索してみたのだけれど,こんな道路台帳のような情報までオンラインで取得できるとは,ちょっと驚き.

その結果,少なくとも45年くらい前から,この路地はせまいながらも立派な市道(当時は町道)467 岩根1号線で,少なくとも27年前まで,他の2本の道と変形三叉路をなしていたことがわかった.そして地形図1968年修正測量版と比較すると,この町道は南北に走る崖の縁にそってつくられたらしいことも推測できた.また,水路の痕跡は確認されない.従って,正しいと思い込んでいた排水路暗渠説はほぼ成立しないことに.

おもしろくなって,新旧地形図の比較を続けるた結果,現在のように東に延びる県道217とそれとほぼ直交して北へ延びる片側2車線の市道14 竹の山中央線をつくろうとすると,結果的に通行量が大きく異なる道が参加する変形五叉路となる.これを避けるために,最も狭く斜めに接続する市道467を行き止まりにしたのではないだろうか.

これで,なんとなく当人はスッキリしたつもりになっている.ただ,なぜ市道467と県道217の間に高低差があるのかは,依然としてナゾ.県道217の一部を,わざわざ盛り土したとしか思えないのだが.
こんなことをしていた午後でした.
ともかく,勝手な思い込みはぜずに,調べることは大切ですな.
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