私的備忘録でもあります
昨日は,JR名古屋駅140周年記念ツアー
キャンセル待ちで,チケットを手に入れることが出来た

現在は紀勢線,高山本線や太多線で運用されているキハ75形に乗車
コースは,名古屋駅→名古屋車両区→名古屋駅→尾張一宮駅→名古屋駅(通過)→熱田駅→名古屋駅と,東海道本線を行ったり来たり
いずれの駅も140年前の1886年に開業(ただ熱田駅は2ヶ月早い)

普段体験できないポイントは,
・名古屋車両区への入線 乗車したままでの車両洗車など
・名古屋駅の引上げ線や留置線への入線(名古屋臨海高速鉄道とJR東海の境界標式を発見)
・稲沢線の走行 (普段見ることができない位置からJR貨物稲沢機関区を見ることができた)
・名古屋駅を列車で通過
・普段降り立つことが出来ない熱田駅(下り3番線)への入線
・こういったツアーではお約束の幕回し その車両が,どんな運用をされているかや,どこまで運行されている(されていたか)かがわかって面白い.

なお,老舗の駅弁屋「松浦商店」さん(1922年創業)の 駅弁立ち売りが40年ぶりに限定復活
弁当は,63年ぶりに復刻した「上等辨當」
お品書き:白飯(梅干し・黒ごま),さつまいもの甘露煮,玉子焼き,かまぼこ,焼き鯖,昆布巻き,かしわ,桜漬け,野沢菜漬け
昨日のびわ湖疏水と三井寺からの帰り道.

あえて,京阪京津線に乗って鉄分補給.
「本来だったら湖西線経由なんだろうけどね」と余計なことを言ってしまい,「どちらのルートも大して変わらないから」と配偶者を説得するのにチョット苦労.
実際,距離は12.2 km(湖西線)と 12 km (京津線)で,決して嘘ではない.ただ,所要時間は接続にもよるけれど25-30分と30-35分くらいなので,必ずしも正確ではない.

目的は,びわ湖浜大津駅を出てすぐにある急カーブと急傾斜地にある大谷駅(40‰)のよく知られた長椅子を撮すこと.

配偶者にも手伝ってもらって,上り下り両ホームを撮したけれど,上りホームは犬を連れた人が座っていて目的を達せられず.ただ,それを撮すことができた配偶者は,犬がかわいいと喜んでいた.担当が逆でなくてよかった.
1885年に着工し,設計からの全てを外国人技師の手を借りることなく遂行して完成した琵琶湖疏水施設.

そして,昨年 これら施設が国宝や重文に指定されて,ますます乗船チケットがとりにくくなったびわ湖疏水船.

念願叶って,琵琶湖第一疏水 
まずは,蹴上インクラインをみて,その後蹴上乗下船場から三井寺乗下船場までの上りコースを二人で楽しみました.

その後,1894年創業の大津豆信で昼食をいただき,園城寺三井寺に参拝.私は6年ぶりの訪問でした.

晴れで大津の最高気温は28.7℃.船遊びがぴったりの暑い一日でした.(14400 歩)
家族が,それぞれが個別の予定で犬山散策

昼間は,配偶者と娘達が尾張国犬山城に登城

私は,以前からおさそいを受けていて,夕暮れ時に木曽川右岸を散策しながら美濃国から犬山城を遠望.
あれがいわゆる551蓬莱の匂いだったのか

朝食を7時に食べたあと,お昼を食べるチャンスがなく,空腹のまま京都駅で帰りの新幹線に飛び乗り,席が確保できてホッと.

周りを見ると,551の袋を持った人多数.人気のお土産なんだと納得していたら,後ろの席で缶ビールを開ける音と共に,空腹の私にとっては拷問に等しい美味しそうな匂い.
私は,551蓬莱を食べたことも本体を見たこともないけれど,多分そうなんだろう.
それを耐えて帰宅.

まずは,柿の葉寿司と鯛のカマ塩焼きで一杯.
やっと一息つけた.
柿の葉寿司,いつも買う平宗さん(本店吉野町)は売り切れで,今日はゐざさ中谷さん(本店上北山村)で購入.
午後は,12年ぶりの苗木城址

木曽川右岸の高森山(標高432 m)に,苗木花崗岩の巨岩を石垣や建物の基礎として築城
木曽川や恵那山を望む典型的な山城

ちょうど,築城500年記念イベントが行われていた
以前と比べると,いろいろと整備されており,眺望もはるかによくなっている

前回はもっと苦労して登城したような気がしたが,同じルートでも今回は意外とあっさりと 
目的地までの道筋が見えていると気分的にも違うのだろう 往路よりも復路の方がなんとなく短時間のような気がするのと同じか(12400 歩)


奈良国立博物館 特別展 
神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美― お勧めです

そうだ 京都,行こう ではなく いざいざ奈良 奈良は,行くからおもしろい このキャッチコピーまだしっくりこない

とにかく急に思い立って,昨日は奈良国立博物館へ

オンラインチケットを持っていたので,並ぶことなく入場.混み具合は,嬉しいことに程々.

そうすると係の人が,いまちょうど山伏行列が行われているから,まずそちらを見たらどうですかと.大峯秘法採灯大護摩供まで実際に行われるとは知らなかったので,そちらを拝見することは出来なかったのですが,なんというご縁か.

・およそ900年の時を経て,初めて里に降臨する,大峯山寺の秘仏を含む蔵王権現立像
・VR映像で見る金峯山寺秘仏ご本尊蔵王権現 ご開帳の時お参りするチャンスを逃したけれど,まずはここでお目にかかれた
・如意輪寺のご本尊 如意輪観音
・藤原道長が金峯山詣の際,埋納した経筒と自筆の紺紙金字法華経巻残闕
・金峯山寺二王門解体修理中のため,なら仏像館で保管展示されている修理を終えた金剛力士立像
などなど お昼前に入館し,昼食をとることもなく気がつけば閉館時間でした.(10700 歩)

メモ
・私が狛犬と呼んでいたもの.本来は,右の阿形は獅子で左の吽形を狛犬と呼ぶそうな.知らなかった.
・なら仏像館は,改修工事のため今年の9月から約1年半,休館とのこと.
先日出かけた近くのスーパーには,美味しそうなイワシが並んでいた.

夕食の一品として,そのイワシが.
そろそろ,脂が乗った入梅イワシの季節ですな.
FBの書き込みを見ていたら,雪をいただいた加賀白山の投稿.
まだ雪は十分に残っているのだと.

そこで,白山と新幹線 撮しに行こう

このあたりだと,雪の御嶽山や伊吹山を背景に疾走する新幹線は,定番被写体のひとつ.
ただ,白山とのコラボは見たことがない.ひょっとしたら,ここが唯一の撮影スポットかもしれない.

ドクターイエローが引退する12月末(?)までに,白山とのコラボを撮してみたい.(14200 歩)
ツブラジイの花で黄金色になる金華山を見ようと,初めて訪れたのは2019年(高校時代にも何度か来ているはずだけれど,その当時は気にもとめなかったのだろう).
今では,桜,藤,ナンジャモンジャなどと同じく,季節を感じる定例の散歩となっています.

3年前だったか,「ツブラジイの花もアップを」とのリクエスト.
ただ,ツブラジイは山の中腹に多く,近づいて見るのは結構厳しい.
今回は麓を辿って何とか撮すことができた.

岐阜城はもうすぐ耐震改修工事に取りかかる.ツブラジイと岐阜城のコラボも再来年までお預けか.

とここまで書いて気がついた.と言うことは,岐阜城と月のコラボを撮すことも再来年までお預けらしい.(15600 歩)
岐阜に出かけて,合わせて老舗巡り

・丸デブ総本店(1917年創業)
最初のラーメン(中華そば?)ブームの中心にあったと言われる,淺草 來々軒(1910年創業)の流れをくむお店.久しぶりに訪れた.醤油鶏ガラスープ.薄味好みの私でも,最初の一口はちょっと薄いかもと思うのだけれど,食べ進むにしたがって,丁度よいあんばいになる不思議なつゆ.麺はなんとなく蕎麦に近い.合わせるとやはり中華そば.ネット情報によると,創業以来レシピは変えていないとのことで,この味が初期のラーメンと言うか中華そばにつながるのか.ごちそうさまでした

・サカエパン(1947年創業)
一度訪れてみたかったパン屋さん.一見しただけではお店のようには見えず,小さい看板とお客さんらしき人が入ってゆくので,そうとわかった次第.
人気のひとつ焼きそばパンは,とっくに売り切れていた.
アイスパンも看板商品らしいが,どんな味なのだろう.夏販売か.
惣菜系は「くん」が,あんパンなど甘い系には「ちゃん」が着いている.
私は,「ピザパンくん」,「ポテトサラダパンくん」と「たこ焼きパンくん」を購入(名前はチョット曖昧).これで570円とはあまりにも安い.ごちそうさまでした
昨日は,ドクターイエロー上りのぞみの運行日
休みにしようと思っていたけれど,結局出かけることに

この迷いの所為だったのか,大きな勘違いをしていて,通過予定時刻までには予定スポットへ辿り着けないことに気づく.

そこで,急遽下広井歩道橋へ.通過予定時刻5分前になんとか到着.

そして,今日も塞翁が馬
ドクターとひかり647号(?)と名鉄急行一宮行き(?)のすれ違いを撮すことができた.

ドクターは,16:12:46±に通過(10220 歩)
大型連休が終わり,ドクターイエローもお仕事開始
おとなしくしていた私も,散歩がてらチョット遠出

名古屋の最高気温は28.3℃.カメラが熱暴走気味.そんなことや日焼けが心配になる季節となった.チョット顔や腕がヒリヒリする.

新幹線矢作川橋梁でドクターを待つ.

ここは,小学校時代の社会で日本のデンマークと習った三河安城.
そして,「ただいま三河安城駅を時刻どおりに通過いたしました.次の名古屋までおよそ9分です.」と放送される,新幹線三河安城駅があるところ.

そんな意味でも,西の三河安城駅,東の小田原駅とともに重要.

13:22:46±に通過(14800 歩)
日本赤十字社から届いた広報誌を読んでいて,先月の福島旅行の際に裏磐梯毘沙門沼でみた碑のことを思い出した.

日本赤十字社平時災害救護発祥の地

説明によると,当時の赤十字は戦時救護を目的としていたが,磐梯山の噴火災害時(1888年)に日本赤十字社は一部の反対があったものの救護活動を展開し,それは平時救護活動のさきがけであったそうです.

なお,平時救護が正式に赤十字社の活動対象に加えられたのは,国際赤十字社連盟の設立(1919年)以降とのこと.
大型連休は,息子のところにちょっと顔を出した以外,特に変わったこともなく,こどもの日に.

久しぶりの快晴
菩提寺にお参り

いっぱいの新緑
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