私的備忘録でもあります
芽が出た.
2週間以上前に蒔いたのに芽が出ず,半ば諦めかけていた,先日の土曜日.
2週間以上前に蒔いたのに芽が出ず,半ば諦めかけていた,先日の土曜日.
孫たちが,別の種を蒔くためにやってきた.
「芽が出ないんだよね」と話すと,チーちゃんは表面の土をならすように遊んでいた.そして,ミーちゃんは植木鉢であった陶器製のじょうろで水をかけながら,「魔法の水だから芽が出るよ」と言っていた.
中に古い葉っぱが入っているから,魔法の水ができるそうだ.
そして,昨日の朝.出がけにみると,何と芽が出ていた.
夜,トトロたちが踊ると,木の実が一斉に芽を出すシーンを思い出した.
「芽が出ないんだよね」と話すと,チーちゃんは表面の土をならすように遊んでいた.そして,ミーちゃんは植木鉢であった陶器製のじょうろで水をかけながら,「魔法の水だから芽が出るよ」と言っていた.
中に古い葉っぱが入っているから,魔法の水ができるそうだ.
そして,昨日の朝.出がけにみると,何と芽が出ていた.
夜,トトロたちが踊ると,木の実が一斉に芽を出すシーンを思い出した.
誰かが こっそり 小路に木の実埋めて ちっさな芽 生えたら 秘密の暗号 森へのパスポート 素敵な冒険始まる
君たちは,トトロなのか?
君たちは,トトロなのか?
私は麓コース.歩いていると,前方から先程の方がこちらに向かってこられる.私のほうは,一周コースに換算すると,まだ1/3程度歩いたところ.写真を撮りながら歩いていたとはいえ,そのほぼ2倍の速度で,アップダウンの厳しい尾根道を歩いてこられたことになる.すごい.
息子が軽い夕食をとってから帰るというので,さて,筍の天ぷらでもつくることにします.私の酒の肴も兼ねて.
主賓は留守だけれど,今年も母の日は恒例の天ぷら.(万歩計を持たなかったので,歩数は不明)
仮想「おくのほそ道」の旅は,まだ弥彦に着かず.
仮想「おくのほそ道」の旅は,まだ弥彦に着かず.
それぞれの配偶者は,母親の顔を見にそれぞれの実家へ.
そんな訳で,帰省中の息子と2人の昼時.
さて食事は何にしょうかと聞くと,近くの店で寿司が食べたいと言う.ここは,軍資金を出す係りになってしまう身としては,人数が多いときにはちょっとつらい所.2人ならと出かけることに.GWの翌週だから大丈夫だろうなんて思って行ってみたら甘かった.混んでましたねー.
即時撤退.
次に回転寿司のチェーン店へ行っても待ち人多し.
次に回転寿司のチェーン店へ行っても待ち人多し.
しかし,注文の仕方などが面倒かもしれないと,これまでひとりで行くのを敬遠していたところ.
息子もこの本店は初めてらしい.入ってみると,食券購入.麺の硬さを聞かれただけで,予想に反してあっさりした注文方法.
ちょっと気になったこともあったけれど,ラーメン自体は美味しかった.
店に入った時は,ほとんど待ち時間なし.しかし,出るときには20人ほどが列.
ちょうど,エアポケットのような時に訪れたよう.ラッキー.
店に入った時は,ほとんど待ち時間なし.しかし,出るときには20人ほどが列.
ちょうど,エアポケットのような時に訪れたよう.ラッキー.
道の駅のようなところで,並べ始められたばかりの朝取り筍を2本買う.1本300円也.裏作の今年,信じられないくらい安い.1本は長女たちにと思っていたら,長女から今日出かけた先で筍10本収穫との連絡.次女や遠方にいる長男も参加して,LINEで如何に保存するかの議論が続く.筍のアク抜きで,今夜は更けてゆきそう.
お寺の参道の松並木で,蝉の幼虫の抜け殻発見.見つけた瞬間は,昨年の夏から風雪に耐えたかと感動したが,いくらなんでもそれは.....ひょっとしたらハルゼミ.調べてみると,季語「松蝉」はハルゼミのことを指すように,主に松林に生息するらしい.そうすると,ますますハルゼミの可能性大か.
ところで,還暦を迎えんとする時まで,この幼虫を「セミウマ」と呼んで,標準語だと信じて疑わなかった.しかし,岐阜市〜北部山間部と東京・青梅市というきわめて不思議な分布をする方言であることを知って愕然としたのはついこの間.その時,子供たちに聞いたら,「蝉の幼虫でしょ.それ以外に呼び名はあるの」の一言.
2017年GW最後の一日の日記.
先日訪れた垂井.
美濃路は,信長が桶狭間へと駆け,秀吉が小田原攻めの際に通り,関ヶ原の戦いでは福島正則が美濃へ進軍し,家康が凱旋した道で,「吉例街道」とも呼ばれています.
途中,信長塀を見ようと熱田神宮を訪れたところ,神輿渡御神事に出合う.これは,草薙神剣が皇居から当神宮に還座した際の故事に由来するもの.しばし拝見した後,一路北上.
源頼朝生誕の地や佐屋街道の追分などを訪れながら,少々疲れて名古屋宿まで.
それにしても暑い一日でした.(19600)
仮想「おくのほそ道」の旅は,弥彦までたどり着けず.
関ヶ原から東海道本線でひとつ隣の駅「垂井」.
ここは,美濃国府が置かれた地.
当初は,相川を渡る鯉のぼり,中仙道垂井一里塚と廃止され た「新垂井駅」跡地(何となく形容矛盾に聞こえるけれど )を訪れる事を目的に,昨日下車.
新垂井駅は,あるトラベルミステリーで,走行中の列車が 行方不明になるというトリックの現場.
一抹の不安が的中して,祝日のため目的地付近までの巡回 バスは運休(気になってネットで調べたものの気付かなか った).不破関ゆかりの地を廻ったあとにさらに徒歩で往復8kmは 結構キツイ.さりとて散歩にタクシーを使うことは潔しと しない.
そんな訳で,新垂井駅跡はまた今度.
その代わりに町中を彷徨っていたら祭り囃子の音.八重垣神 社の例祭「垂井曳山」と子供歌舞伎狂言に偶然であい,そ れを堪能しました.
相川の鯉のぼりは,桜の季節から行われているとのこと. 来年春,また訪れてみたい.
ところで,不破関編で訪れた黒血川の説明に,「青野ヶ原 の戦い」においても,この川が重要な位置を占めたことが 述べてあった.
調べてみたら,南北朝時代の1338年に北畠顕家率いる 南朝方と、土岐頼遠ら北朝方(足利勢)との間の一連の戰 があったところ.
そういえば,このことはどこかで読んだ微かな記憶が.
青野原は,現在の垂井町と東の大垣市が接するあたり.
前回,2回の天下分け目の戦いと書きましたが,これも, もう一つの天下分け目の戰かも.
久しぶりの13km散歩.
仮想「おくのほそ道」の旅は, 新潟に到着.
ここは,美濃国府が置かれた地.
新垂井駅は,あるトラベルミステリーで,走行中の列車が
一抹の不安が的中して,祝日のため目的地付近までの巡回
そんな訳で,新垂井駅跡はまた今度.
その代わりに町中を彷徨っていたら祭り囃子の音.八重垣神
相川の鯉のぼりは,桜の季節から行われているとのこと.
ところで,不破関編で訪れた黒血川の説明に,「青野ヶ原
調べてみたら,南北朝時代の1338年に北畠顕家率いる
そういえば,このことはどこかで読んだ微かな記憶が.
青野原は,現在の垂井町と東の大垣市が接するあたり.
前回,2回の天下分け目の戦いと書きましたが,これも,
久しぶりの13km散歩.
仮想「おくのほそ道」の旅は,
関ヶ原.
2回の天下分け目の戦いが行われた地.
今日は,壬申の乱ゆかりの地を訪ねてみました.
不破関は,壬申の乱の直後につくられたことを知りませんでした.
もっと前からあったのかと.
歴史好きを自認していましたが,現地を訪れて,知らなかったことがあまりにも多いと痛感しました.
不破関跡は,枕詞にもなっていたんですね.
芭蕉は「秋風や 藪も畠も 不破の関」
そうなんです,民家の裏の畑の中に,伝大海人皇子の兜掛石と沓脱石.少し西に行くと大海人,大友両軍が対峙した「関の藤川」.さらに行くと,弘文天皇御陵候補地・「自害峯の三本杉」.その麓には「黒血川」.新幹線がひっきりなしに渡ってゆきます.関ヶ原は,今も西と東を結ぶ地.
なお,不破関守の館跡では,関守の末裔である三輪家が所有する庭園「関月亭」がその一部として公開されています.
あまりにも見たいところが多すぎる.ある程度土地勘と距離感がつかめたので,今一度訪れたい所です.その後は,関ヶ原の戦いゆかりの地巡りが待っている.こちらも2〜3回かかるかと.(22900)
仮想「おくのほそ道」の旅は,この後に垂井地区を歩いた分を合わせると,やっと新潟に到着.
2回の天下分け目の戦いが行われた地.
今日は,壬申の乱ゆかりの地を訪ねてみました.
もっと前からあったのかと.
歴史好きを自認していましたが,現地を訪れて,知らなかったことがあまりにも多いと痛感しました.
不破関跡は,枕詞にもなっていたんですね.
芭蕉は「秋風や 藪も畠も 不破の関」
そうなんです,民家の裏の畑の中に,伝大海人皇子の兜掛石と沓脱石.少し西に行くと大海人,大友両軍が対峙した「関の藤川」.さらに行くと,弘文天皇御陵候補地・「自害峯の三本杉」.その麓には「黒血川」.新幹線がひっきりなしに渡ってゆきます.関ヶ原は,今も西と東を結ぶ地.
なお,不破関守の館跡では,関守の末裔である三輪家が所有する庭園「関月亭」がその一部として公開されています.
あまりにも見たいところが多すぎる.ある程度土地勘と距離感がつかめたので,今一度訪れたい所です.その後は,関ヶ原の戦いゆかりの地巡りが待っている.こちらも2〜3回かかるかと.(22900)
仮想「おくのほそ道」の旅は,この後に垂井地区を歩いた分を合わせると,やっと新潟に到着.
昨日の旅の目的は,臥竜桜と飛騨一ノ宮駅周辺の散策.そして,譲ったカシオEX-H20Gでの,配偶者のカメラデビュー.
駅と宮トンネルの間に,「宮の大カーブ」と呼ばれているところがあります.
高山本線を利用する度にここで写真を撮ってみたいと思い,今回やっと訪れることができました.配偶者も「何処まで行くの」などと,ぶつぶつ言いながらも農道を歩き,結構楽しそうに写真を撮っていました.
飛騨一宮「水無神社」.
奥宮の位山は,宮川(日本海へ)と飛騨川(太平洋へ)の分水嶺.今年は,5月の連休中に57年ぶりの式年大祭.世相の凶しきを吉に返す世直しの大きなまつりとして,不景気の時や異変の後に行われるお祭り.飛騨一圓から神々が一同に集うそうです.
その準備が着々と行われていました.