私的備忘録でもあります

いやー,ちょっとだけ驚いた.

帰宅して,2階の自室に入って点灯すると,突然黒い物体が飛んだ.

ドアや窓は閉まっていた.いつどこから入ってきたのか.エアコンと天井の間に入り込んでしまった.窓を開けておいたら,いつの間にか退出された.(4500)

 植田川,現在は,私の散歩コース猪高緑地近くの雨水調整池から始まるが,愛知万博の際に改修される迄は,もう少し南に水源地があったらしい.

 昔の地形図を見ても池のようなものはないけれど,平坦な地形が認められる.実際そこに行ってみると,駐車場になっており,周囲より僅かに低い.配偶者の記憶とを合わせると,引っ越してきた当時,この辺りは湿地帯だったような気がする.
 今日は,ここを出発点にして,なるべく植田川に沿って天白川との合流点までの散歩.

 実際に歩いてみると,地下鉄東山線の地上駅(形容矛盾)上社駅は植田川をまたぐように真上に位置することや,植田川は何度も東名高速道路や名古屋高速道路の下を潜って流れていることなど,今まで気付かなかったことが判り,予想以上に面白かった.さて,次はどの川沿いを歩いてみようか.

 いつもと違って,距離の目処を付けずに出かけてため,途中までははたしてゴールまで到着するかと思ったことも.結局,河川部13.9 kmで総歩行距離は18.1 kmで,いつもよりも長い散歩.いつもと違う靴だったこともあり,足の裏には大きなまめができてしまった.(29500)

退職後もお世話になっている研究室のM教授主催のボジョレー・ヌーヴォー パーティー.
前任地での開催を含めると,今年が20回目だそうです.

M教授宣わく「今年のフランスの夏は,暑かったので,例年にもましてよいワインができたはず.」
そして,「予想よりも甘さ控えめな大人な味」との評価.
私は,この少し渋さのある味,好きだ.(4000)
クライドファンディングで購入したGLIGOの時計.使い始めてほぼ1年たったらいつの間にか竜頭部分がとれてしまった.
製造および連絡先はお隣の国.修理の依頼方法をメールで問い合わせたが,未だ返事あらず.このまま諦めるしかないのか.デザインも機能も気に入っていたが残念.これからは,国外に連絡先があるところへの応募は控えることにしよう.

そんなところへ,同じくクラウドファンディングで申し込んでいた,シチズンの Eco Driveが届いた.これは,光発電で駆動し,スマホと同期して時間調整をしたり,Riiiverという拡張機能を使って時計に新しい機能を付加することができるので,使い道をいろいろと考えられそう.

Eco Driveが届いたら日常使い,デザインがシンプルなGLIGOの時計は少しあらたまった席で使おうと思っていた目論見が崩れた.もう一つ探さなくては.そうすると,「また時計」と言われるのは確実.どうしよう.なやむなー.(4900)
先週の奈良からの帰りに,木曽三川を渡っていて,不意に思いついた.
そうだ,渡し舟 乗ろう.

という訳で,まずは木曽川唯一の西中野渡船場へ.
対岸から客を乗せた舟が来る.これに乗って岐阜県側に渡るんだ.その後の計画も万全.そう信じて船着き場へ降りてゆくと,白波が立ち始めたのでこれをもって運行を見合わせるとのこと.ガーン.ショック.

これから,さらに風は強くなるだろうとのことで,昼食のついだからと,名鉄尾西線森上駅近くまで車で送ってもらって,残念ながら撤退.でも,渡船小屋に入れてもらえたのはラッキー.また今度.

そして,もう一つ予定していた長良川の小紅の渡しへ.同様に運行見合わせかと.危惧しつつ訪れてみると,セーフ.
女性の船頭さんでした.

県道173号文殊茶屋新田線の一部で,交通手段であるため,対岸に渡ると必ず下船するのがルール.
川面の向こうに,金華山と岐阜城が美しく見えた.

この渡し,その歴史は,少なくとも元禄年間まで遡る.少し下流にあった中山道河渡の渡しの裏街道で,鏡島弘法として有名な乙津寺(奈良時代の創建)への参詣に今も利用される.明日21日は日本三躰厄除け弘法大師の縁日で,この渡しも賑わうでしょう.ちなみに,13時20分頃に乗船したところ,今日は団体の利用が1組だけで個人での乗船は私が最初だとのこと.

参詣をしてから,岐阜駅に戻り,少し時間があったので,柳ヶ瀬界隈を散歩.懐かしいお店を何軒か訪ね帰路へ.

渡しではありませんが,もう一箇所寄るために名鉄名古屋本線栄生駅を目指したものの,暗くなってきたのでスルー.本当に日が暮れるのが早くなった.(18500)
約一ヶ月ぶりの井堀の棚田定点撮影を兼ねて,晩秋の猪高緑地散歩.(9800)





奈良・飛鳥の旅の最終日.

まず,近鉄飛鳥駅からバスでキトラ古墳へ.
そして帰り道は晩秋?初冬?の青空の下の散歩を楽しみながら,檜隈寺跡/於美阿志神社経由で高松塚古墳・高松塚壁画館へ,その後,欽明天皇陵に隣接する吉備姫王墓内にある猿石を訪れました.
檜隈寺は,渡来人東漢氏縁の寺.石塔婆は平安時代に造られたものですが,なんとなく朝鮮系仏塔の雰囲気が.

飛鳥駅から橿原神宮前駅に戻り,橿原神宮を参拝.
名古屋への帰路につきました.

奈良市内を訪れることは出来ませんでしたが,飛鳥の地,室生寺と長谷寺,そして奈良の美味しい食を堪能した3日間でした.(20800)
今日は,

女人高野 室生寺
花の御寺 長谷寺
大野寺弥勒磨崖仏

時々小雨降る空模様,しっとりとした境内の散策を楽しみました.

万歩計は19900と意外と少ない.なれど,石段の登り降りが多く,ふくらはぎが少し痛い.

当初予定していた午後からの「ぶら奈良市内」は,また今度.(19900)

今日は,青空の下,明日香をサイクリング
橿原神宮前駅—雷丘–飛鳥資料館–甘樫丘–飛鳥水落遺跡–石神遺跡–明日香村埋蔵文化財展示室ー飛鳥寺–蘇我入鹿首塚–亀形石造物–酒船石–飛鳥板蓋宮跡–石舞台古墳–橘寺–川原寺跡–亀石–天武・持統天皇陵–鬼の雪隠・俎–橿原神宮前駅の22.5 km.
高松塚古墳とキトラ古墳は日没が近くなって,訪れることができなかった.今回の旅行中に訪れたい.
甘樫丘から見た大和三山綺麗でした.
前回明日香を訪れたのは,1972/11/24-26.47年ぶり.
のんびりとした晩秋の田園風景は変わっていない気がしますが,多くの遺跡の周りはすっかり整備されて様変わりでした.(13600)
長女からLINE.
「月ー!満月ー!大きいー!」

忖度して翻訳すると,「写真撮って!」 もしくは「写真撮ったら」.そして「送って」.

こんな所も,だんだん母親に似てきた.

11月の満月を,アメリカではビーバームーンと呼ぶらしい.(5200)
なんとなく顏が熱っぽくて,鼻もグスグスしていたので,昨夜は飲み会をキャンセルして帰宅.そうしたらいつの間にか症状は改善していた.

そして今朝.バスで前の席に,昨今の日本では珍しくなった(特定の界隈を除いてレッドデータブック入り?別に危惧はしていないのだけれど)香水の強い女性が座った途端,ふたたび同じ症状.

どうやら,久しぶりに香水アレルギーを発症したらしい.目もショボショボ.こういったときに限って、その様な女性が出現するとは.....

これでは,夜の錦界隈には出かけられない.まあ,出かける勇気も軍資金もないのでいいのだけれど.

風邪でなくてよかったとも.
臭いには敏感だと自負している私でした.
来年9月,21年ぶりに名古屋で開催される学会.
その巡検の準備・下見のため,現役の教員2人と岐阜県西部の旧揖斐郡春日村へ.
定年退職したのに,こういったものに,当然の如く駆り出されます.まあ,あの人が加わらないようにしようなどと言われるよりはよいかと,半分は嬉しいのですが.

快晴の空のもと,始まった紅葉を楽しみながら,山歩きとちょっと川歩きを楽しんできました.
ただ,当地の最高気温は17℃,ちょっと風が冷たかった.

1999年にも同じルートを案内したのですが,谷の様子が変わったり,道路沿いの露頭はコンクリートで覆われて見られなくなったりで,大きく様変わり.さて,ルートをどう組み立てましょうか.

ところで,さざれ石(実際は固結しているから巌か)と呼ばれる石灰質角礫岩は,全国のいたるところにありますが,岐阜・滋賀県境の伊吹山とその周辺が有名で,東〜北東に位置する当地でも至る所見られ,さざれ石公園までできています.(14000)
FB友達からの情報で購入した宮城県の丸森ゴールドが届いた.
東北大震災からの復興や地域の活性化のために活動しているGM7.
そこで企画・商品化されリリースされたばかりのビールなどが台風19号で被災.
その支援のため,醸造元の「世嬉の一酒造」が一肌脱いだ品.
名前は,GM7がある丸森町と中尊寺金色堂に由来するとのこと.

お米のクラフトビール.山椒と柚子が素敵な味わいを出しています.
普段は飲まない配偶者ですが,今宵は一緒に美味しくいただいた.

息子にも届けよう.(万歩計を持たなかったので,歩数は不明)
今日は,孫(年長さん)の運動会.

本来だったら10/19のはずが,10/25そして10/29と雨で延期.
そして今日は四度目の正直.

会場は園庭になり年長さんだけのプログラムだったけれど,とにかく,これまでの3日間忘れていた青空を集めたような空のもとの開催でした.

園長さんは確か北欧出身.昨年同様,ゆるーい運営.こんな雰囲気の幼稚園で孫も多分幸せです.

午後からゼミに出席.(4800)







今日の散歩は,大垣宿から中山道追分(垂井)の13.9 km.

宮宿・東海道追分→名古屋宿→(庄内川,新川,五条川)→清州宿→稲葉宿→萩原宿→起宿→(木曽川)→(境川,長良川)→墨俣宿→(揖斐川)→大垣宿→中山道追分の美濃路(両街道を結ぶ脇往還)を,これで完歩.

仮想「東海道」,「中山道」そして「おくのほそ道」と称して歩いてきましたが,実際に街道を歩き通したのは「美濃路」が初めて.
中山道追分に到着したときの達成感,やはり今までとは違いました.

さて,次は何処を歩きましょうか.(26200)
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