私的備忘録でもあります
北陸本線 1960年代から80年代の思い出アルバム(牧野和人氏著)を見ていて,そこに掲載されている写真(1990年12月撮影)と,ほぼ同じアングルで,先日Red Thunderを写していたことに気付いた.

30年余の時の流れ.トンネルの上は竹林に替わっていた.
しかし,トンネル左側の「北陸 13870 M」の表示は.今もそこにあります.
3月16日以降は,見ることができなくなってしまう絵.
それを楽しもうと,北陸本線南今庄駅と敦賀駅に.

敦賀駅発下り普通は,立錐の余地もないほどの混雑.カメラや三脚を持った人もいるが,多くはハイキングを楽しむような雰囲気.皆さん何処に行かれるのか.発車前に,「今庄駅では左側のドアが開きます」とわざわざ案内していたので,0316に向けてのイベントでもあるのか.

南今庄駅で降りたのは私一人.ただ,すでに数人の同好の士がホームに.皆若い.
私は,2年前旧北陸本線トンネル群を訪ねた時に気に入ったポイントへ移動.

今回の目的は,北陸トンネルから飛びだす特急を記憶に残すこと.

午後からは,敦賀駅側に移動.ここにも数人の人.こちらは,一人をのぞいて私と同年代もしくは少し若いと思われる人たち.

老若男、皆さんそれぞれのポイントで撮影を楽しんでおられた.私も同様.(20600 歩)
02/26 金沢 ぶらり4時間
旧城内キャンパス界隈

橋場から百万石通り(いつの間にかこんな名前がついていた)を辿り兼六園下へ そして紺屋坂をのぼり、石川門から河北坂、黒門を通り、武蔵が辻から金沢駅へ

石川門から河北坂、黒門は、石引町に下宿していた3年間通ったルート

途中で、いくつかのお店に立ち寄ってみた
喫茶店エリーと白鳥、香りん寿司、そしてゑびすは、50年以上の時を経てもお客を迎えていた

橋場禁煙室:数年前に閉店したらしい 内装は大阪の喫茶店に受け継がれたとのこと かつては「たばこの吸える喫茶店」という看板が出ていた

黒門下のエペ:週に2−3回は顔を出していた 徹夜の実験明けの眠気覚ましと朝食にもよく訪れた いつの間にか経営者が変わり、今では建物自体がなくなっていた

黒門下のお多福:一福と店名が変わっていた

近江町市場近くのお多福:夕食の後、かわいい姉妹がコーヒーを運んできてくれた

金沢は、私にとってちょうど良いサイズの街
金沢 ぶらり4時間
浅野川界隈

一昨日の、特急「しらさぎ」往復日帰りの旅
旧横安江町商店街から、小橋そして主計町茶屋街、橋場界隈を歩いてみた


大学に入学した頃、東海道線米原までは普通列車、米原—金沢は急行「くずりゅう」を利用していたが、いつの間にか特急「しらさぎ」を使うようになった。

とにかく約50年間、帰省時や配偶者の実家を訪れるとき利用していたから、おそらく100往復近くは利用している。私にとっては特別な特急列車。

その特急しらさぎが、03/16のダイヤ改正で敦賀止まりとなってしまうため、乗り納めの日帰り旅に出かけた。そんな一日(20000 歩)
先週のブラタモリは,最北の町 稚内
そこは,最北端の始発・終着駅

そう言えばと,写真を探してみた.

2014/09/16
JR最南端の西大山駅.
近くにある観光案内所を兼ねた市場.
そこのレジの女性は,2年前まで愛知県岡崎市に住んでおられたとのこと.ご縁でした.どうしておられるかな.




そして,JR最南端の始発・終着駅 枕崎へ
当駅発の上り列車は,1日に6本.折り返しの列車に乗るため,現地滞在時間は20分.鰹を食べたかったなー.

稚内駅を訪れたくなった.(8900 歩)
時系列上相前後しますが,06/02の京都鉄道博物館.

先輩のSさんをさそって雨の中.

京懐石を堪能する前に,まず鉄分補給でした.




計画してからほぼ一年越し、子供や孫たちと11名で湖北の旅。

今日の昼食は、グルマンヴィタ 垂井本店でアヒージョのセット。
ご飯党の私だけれど、ここのパンは美味しいと思う。




宿泊は、旅館 紅鮎。
配偶者の希望で、近江牛づくし。
湖岸にある宿で、各部屋にはバードウォチングのために望遠鏡が用意されていて、思わぬ良い経験ができた。(6000 歩)
キハ11形(?)とN700Aの競争@名古屋駅

停車したN700Aを,走り続けるキハ11形が追い抜いて,キハ11形の勝ち.




N700Aに映るN700 small A@米原駅




青空に白い嶺がはえる金沢です。





血の気が多いとは思わないが,血液検査の度に「少し貧血気味ですね」と言われる(これホント).

そこで,昨日は鉄分補給のために名鉄電車の旅.

もう少し補給してみようと,都電荒川線を通しで乗ってみた.三ノ輪橋駅から早稲田駅まで12.2 km,所要時間53分だが,運賃は何と168円でした.

都民に愛され地元の人の足になっていることを実感.(9400 歩)




名鉄は迷鉄といわれるほど,名鉄名古屋駅での乗車位置が複雑で難しい(ホームの色分けに気づけば,多少は簡単になるものの).

それと同じくらい複雑な路線をはしって,予想もしない所まで直通運転をしている.
名鉄岐阜駅発の電車には様々な行き先があるが,それらの多くは名古屋本線を南下して名鉄名古屋駅を直接経由している.

しかし,朝の何本かは,各務原線で東に向かい,犬山駅から犬山線を経由した後に名古屋本線に戻りやっと名鉄名古屋駅を経由し,それぞれの目的地に向かう.何故こんな大回りになる直通電車が運行しているのか良く判らないが面白い.

しかし,そんな直通運転が,3月のダイヤ改正で消滅すると知って,〇〇たちにあきられながら,乗車してきた.

今日の乗車は,犬山線から名古屋本線にもどった後に常滑線そして空港線に入り中部国際空港(セントレア)駅まで.各務原線は普通でそれ以降は準急になる電車ダイヤ.
名鉄岐阜駅 08:30発 中部国際空港駅 10:33着,87.0 km,2時間3分の鉄分補給でした.

名鉄岐阜駅へ行くにも,名鉄名古屋駅に帰るにも名鉄を使ったので,実際は158.1 km.結構な長旅だった.(8400 歩)
江戸の昔(まあ,今でもそうだけれど),東海道を西に向かう旅人は,限られた場所で富士山を進行方向左手に見ることになり,それは左富士と呼ばれていた.

下り東海道新幹線の場合,富士川橋梁手前の有名な富士山ビュースポットでは,天候に恵まれさえすれば,右手に雄大な富士山を見ることができる.そして,このあたりでは,車内にシャッター音が響く(私も音を立てる一人).

その後,静岡駅を通過して,安部川を渡ると僅かの間進行方向が南北になり,20秒間程度の限られた車窓から左富士を見ることができる(はず).

この一年間,18回の新幹線往復の際に,この左富士を撮そうと試みた.しかし,例年と比べると天候に恵まれなかったこともあり,成功したのは3回.

そして気がついた.電線や建物,防音壁などに邪魔されず,なんとか富士山全体をキャッチできるの位置は,左の写真を撮したほとんどピンポイントだけであることを.

この左富士を見るチャンスはそれほど多くはないこともあり,「幸せの左富士」とも呼ぶらしい.
東京駅コンコースでも、創建当時の赤煉瓦が見られることに、今日気づいた。
今日は、まず中央線を西に。

そして、青梅線鳩ノ巣駅@奥多摩へ。
白丸ダムの魚道この写真が撮りたくて、帰る前に、はるばる寄り道。

まったく、何をやってんだか。(9300 歩)





東京駅到着直前、先頭車両に乗っていることを思い出し、自撮りをしてみた。(8800 歩)







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