私的備忘録でもあります
福島の山々(2026/04/16-18)

順に,
猪苗代湖側からの磐梯山
裏磐梯と毘沙門沼
裏磐梯
飯豊山地
一切経山と吾妻小富士
安達太良山
飯森山(?)と磐越西線

以前裏磐梯を訪れたのは,1973年と1976年 もう50年が経ってしまった 
懷かしかった

今朝の福島

しんごろうもちと十年味噌と東北ブレンドと
猪苗代湖

NHKは おはよう東北
上りのぞみ車中から,いつもの撮影ポイントで

恒例となっている配偶者との桜紀行
今年は福島2泊3日

桜紀行2026 その22 三春の滝桜 その23 猪苗代観音寺川の桜並木
先日、長良川鉄道越美南線深戸駅で見た風景

1928年開業 当時の駅舎そのままかどうかはわからないけれど、この窓ガラスはかなり古いようだ

この駅の北隣は相生駅
そこに隣接して相生小学校がある 
父の初任地はその前身の相生尋常小学校だった 父もこの駅舎を見たのだろうか

長良川鉄道は、一部区間の廃線が検討されている
今一度、美濃太田駅−北濃駅 130分の旅を楽しんでみたい
1.面白そうな風景があったら撮してと、カメラを窓側の席にいた次女に渡しておいた。そうすると、突然「あ、いる」と言いながら連写を始めた。
どうしてしてそれを知っていたのかDreamlifter。
国内ではセントレアだけに、不定期にふらりと現れる大型特殊貨物機。一般者にとって出合うのは運としか言いようがない。それを、滑走路に向かうANA2502機内からながめることが出来たとは。なんとも幸先がよかった。

2.これまた次女。「岐」の字が入った地名が珍しいと。しかも阿波岐原。古事記に書かれた禊発祥の地「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」 候補。
私が思いつくのは、壱岐市、隠岐、牟岐町くらい。ちなみに「阜」がつく地名だと泰阜村のみ。

3.宮崎市フェニックス自然動物園の駐車場に八戸ナンバーの車。おそらく遠路青森から。そして、高千穂峡へ行く途中で、日之影町に八戸という集落があることに気付いた。チョット面白い。

4.日向市のホテル駐車場に大磯町ナンバーのバイク。陸路を延々と走って来たのだろうか。車でのルート検索をしてみると1000-1200 km程。

  5.日之影という地名をみると、五木寛之著:「日ノ影村の一族」を思い出す。

 6.私の趣味のひとつ、マンホール蓋コレクション。これは、現地に赴かないと基本撮すことができないので、旅のよい想い出となる。宮崎市市制100周年記念(一昨年)デザインをパチリ。
宮崎の旅3日目(03/22)の午後は、綾町観光

孫たちは、綾の伝統工芸、織物体験と陶芸体験
3人がそれぞれが選んだ2色の横糸の組合せは、不思議なくらい各自のイメージにあったティーマットに織り上がった。
その後、ロクロ体験。年上の孫はお父さん用のタンブラー。そして小さい子達はお茶碗。私の心配をよそに、それぞれ個性のある形の器を見事に仕上げた。私だったら、失敗していたかも。

希望した色つけを工房でしてもらい、焼き上がって届くのは3ヶ月後くらいとのこと。

大人の何人かは、中世の山城「綾城」や綾陽校(1888年建設)記念館を駆け足で見学。

出発が予定よりも少し遅れてセントレア着。夕ご飯に名古屋飯を楽しんだ。
やけに長時間、伊勢湾上空を飛行しているなと思っていたら、いったん桑名近くまで北上し、Uターンして北から滑走路に進入していた。
宮崎の旅3日目の午前中は、綾の照葉大吊橋

九州中央山地国定公園内、綾川渓谷に架かる高さ142m、長さ250mの歩道吊橋

観光地などを、子ども達よりは知っているつもりだったけれど、ここは私のリストにはなく、子ども達に連れてきてもらった。そもそも「綾」という地名を知らなかった。
前日の高千穂橋梁といい、今回は高いところに縁がある。

前日の天気予報は雨で、傘を使うことを覚悟していた。
ホテルを出る時は道路が濡れていたけれど、予想に反して青空が見えていた。
高所恐怖症の何人かも、それなりに高さと景色を楽しんで、吊り橋から駐車場に戻る頃に、ぽつりと雨粒。
車で出発したらかなり激しい降雨となった。

今回の旅は、天候にも恵まれていたなー。

桜紀行2026 その9をアップしました。
宮崎の旅2日目の午後は、旧高千穂線(台風災害のため2005年運行休止で2008年全線廃止)の一部が復活した高千穂あまてらす鉄道。

前後の予定を考えると、利用できるのは14:20運行の1択。
高千穂峡に向かう途中で、小さい孫のトイレ休憩。その時間を利用して、少しでも早く予約しておこうと先行したのが超ラッキーだった。

予約のために並んでいる間に、 直前の便まで満席になり、我々が予約した便も、次の2人分で満席となった。わずかに遅れていたら、売り切れもしくは10名全員分のチケットは確保できなかったかも。

私は、ここも三度目の訪問。
1973年の時は、前年に高千穂駅まで高千穂線が全線開通。延岡からの夕方到着の便を利用した。
何故、当時の高千穂橋梁を撮しておかなかったのか悔やまれる。
その後、旧高森線(現南阿蘇鉄道)と豊肥線を利用して熊本へ抜けた。

ここは、私のぜひとものお勧めで、皆 大喜びで堪能してくれた。

桜紀行2026 その8をアップしました。
宮崎の旅2日目の午前中は、高千穂峡でボート。

予約枠は、18艘/30分と激戦。そこで、2週間前の朝9時打ちを、5名がチャレンジして、希望する11時からのボート三艘の予約に成功。
これは、いろんな意味でぎりぎりのタイミングながら、全てがよい方向に進んでいった旅の始まりでした。まるで誰かがサポートしてくれていたみたい。

私は三度目の訪問ですが、ボートからの眺めは初めてでした。
長女家族は、孫がお腹の中にいるほぼ16年前にボートに乗ったそうな。その孫が、今回のメインゲストの一人。
高千穂は何度でも訪れたくなるところです。

そう言えば、1973年の春に訪れた時には、河原近くでカッポ酒を楽しんだ。その時私は19歳。もう時効。12年前と今回は、そんなお店は見かけなかったな。
子供たちや孫たちと宮崎へ

例年は夏に計画する家族旅行ですが、受験生がいて春に移動

昼食は、宮崎市フェニックス自然動物園で昼食
宮崎だったら、先ずはチキン南蛮
酸っぱめのタルタルソースと甘めのタレの組み合わせがいいね
ごちそうさまでした
こだわりの,上り新幹線16号車E席

土曜日の朝だからなのか,約2週間前に予約しようと思ったら,予定していた12/13ののぞみの16号車E席はすべて予約済み.
やむを得ず,1本前ののぞみ.こちらは10番E席のみが空いていた.

目的は,こんな写真を撮るため.いわゆる反射鉄.
品川〜東京間では他にも何カ所か同様の撮影ポイントがあるのだけれど,昨日はことごとく在来線の電車が被ってしまった.
頭を雲の上に出し
一昨日から昨日にかけての,キハ75形を使った名古屋駅—熊野市駅/尾鷲駅夜行列車の旅.
桑名,四日市,津,松阪などはすっ飛ばし,無人駅には停車する旅.

乗客のほとんどがおじ(い)さん.
キハ75形で紀勢本線亀山駅—津駅間を通過することを楽しむ人がいる(通常はこの範囲を走行しない)など,それぞれがいろんな目的で参加したツアー.


駅舎の灯りだけがつく深夜の無人駅に降り立つ.1時間以上の時間調整停車の間,星空をポケーッとながめる.列車の行き違いの為に停車していると,対向する貨物列車が通り過ぎてゆく.東雲の空をながめる(順不同).どれも夜行列車の醍醐味.現在の旅では,ほとんど経験できなくなってしまったことを,私は楽しんだ.
そして,このあたりへは約40年ぶりに訪れた.

1993年にデビューしたこのキハ75形も,やがてHC35形に置き換えられえゆく.(20600 歩)

11/01 尾鷲市内散歩メモ
完徹明けなれど,眠気は感じない

尾鷲駅→尾鷲イタダキ市→尾鷲港(旧巡航船乗り場)→土居竹林→尾鷲駅の7.7 km散歩
途中で庚申様にお参り
尾鷲港には,練習帆船 日本丸(?)が停泊中
今夜の夜汽車で 旅立つ俺だよ.....「どうにかなるさ」より
これから,0泊2日の旅

夜行列車の旅は, 運転終了を前にした夜行急行「きたぐに」を大阪から新潟まで乗り通して以来.
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